第43話 《鎖の魔女》


 イブキは声を発することすらできなかった。

 その女性がイブキの横を通ってレーベの元へ向かう。レーベは体を鎖で拘束されたまま、近づく女性の顔をじっと睨みつけている。


「――話が違うじゃない、チェイン」


 チェインと呼ばれた女性は、レーベの正面で足を止めた。イブキとフィオは困惑して静観することしかできない。

 このチェインとやらが何者なのか、検討もつかなかった。


「言ったでしょ。あなたを仲間に入れる条件は、ただ一つ。竜人族の実験を進め、エネガルムを火の海にすること。それができない以上、あなたはいらないわ」


(仲間に入れる……? エネガルムを火の海にすることが条件……?)


 黙り込むレーベの代わりに、イブキが一歩踏み出して問いかけた。


「仲間って、なによ」


 と、チェインが振り返った。相変わらず感情のない瞳で、じっとコチラを見返してくる。まるで獣に睨まれているかのようだ。

 チェインは、抑揚のない声で淡々と言葉を紡いでいく。


「言葉の通りよ。こいつが、あたしたちの仲間になりたいって言ってきてね。テストしてやったのよ。竜人族の実験も、大したことなかったし、ほんと、がっかりだわ」


 つまり、レーベが竜人族を襲ったのも、エネガルムを燃やそうとしたのも、すべてこいつのせいということか?

 もしそうだというのなら、竜人族の予言の元凶は、こいつだ――。


「ふざけないで。あなた、なんなのよ」


 幼い女の子らしい声に覇気を乗せるイブキ。


「あたしは《魔女の茶会》の一人、チェイン。の大陸じゃ、《くさりの魔女》で有名なんだけどね」


「《魔女の茶会》? 鎖の……魔女?」


 イブキは初めて聞く言葉に眉根を寄せた。


「そうよ。《魔女の茶会》は、言わば加護を持たない魔女の集団。まあ、仲間の中には魔女じゃない人もいるけれど。――この世界は、魔女ってだけで生きづらい世の中だわ。なにもしていないのに世界から批判され、堂々と生きる場所も奪われて……あなたもそうでしょう? だから、あたしたち魔女が世界を壊して、また一から作り直すの。《災禍の魔女》さん、あなたなら歓迎するわ。どうせ、魔女じゃない以上、こいつを仲間にする気はなかったし」


 そう言ってレーベの方を一瞥する。イブキは、チェインの誘いをきっぱりと断った。


「嫌よ。世界を壊すだなんて、絶対いや。それじゃあ、本当に《災禍の魔女》になっちゃうじゃない」


「……ま、今は別にいいわ。《災禍の魔女あなた》はいずれあたしたちの仲間になる運命なんだから」


 チェインが腰からナイフを取り出した。刃先にいやらしく視線を滑らせ、また口元だけで笑った。


「《災禍の魔女》さん、あなたは誰かの命を奪ったことはある?」


「あるわけないでしょ」


 イブキは即答した。《魔女の茶会》は、危険な集団なのかもしれない。そんな奴らと、悠長に話している場合ではない。


「あら、もったいないわ。誰かの命や居場所を奪う瞬間って、ほんっとうに最高なのよ」


「……なにをするつもり?」


 チェインがナイフを片手に、レーベへ詰め寄る。


「あなたが殺さないから、代わりにあたしが殺してあげあるのよ」


 イブキは咄嗟に魔術を使って、チェインが握っていたナイフを弾き飛ばした。チェインは最初こそ驚いていたが、すぐにイブキの仕業だと理解するとまた冷たい目で見てくる。


「レーベに聞いていた通りね。魔法は使えないけれど、魔術は使えるんだ……。魔術を使える人が、存在しているだなんてね」


「レーベは殺させないわ」


「あら、憎んでいた敵を庇うの?」


「そんなんじゃないわ。レーベに、罪を償わせるのよ。そして、また一からやり直してもらう」


 イブキの真剣な眼差しを、チェインは淀んだ金の瞳で見返している。イブキは生唾を飲み込んだ。チェインには、不思議な雰囲気がある。なにをするかわからない、危険な雰囲気だ。イブキはそれを本能的に感じ取っていた。


 チェインが軽く手を振り払う。するとレーベを拘束していた金の鎖が、音を立てて消えた。レーベが地面へと倒れ込んで咳き込む。それを横目に、チェインは言った。


「なーんてね。別に、レーベのことはどうでもいい。こいつの処遇はあなたに任せるわよ。エネガルム炎上もどうでもいいしね。あなたへ挨拶ができただけで、よしとするわ」


 と、イブキへウィンクしてみせる。チェインの雰囲気に似合わない仕草だ。


 チェインの周りの空間がぐにゃりと歪み始める。そしてその背後に、小さな転移ポータルが出来上がった。チェインが、その中へと消えていく。


「あたしは、監獄島へを迎えにいかなきゃいけないの。その後で、《魔女の夜ヴァルプルギスナハト》の準備に取り掛からなきゃ。また、迎えに来るわね」


(《魔女の夜ヴァルプルギスナハト》……?)


 くすくすと笑うチェインの姿が転移ポータルで見えなくなると、空間の歪みとポータルも消え、広場は先刻までの様子を取り戻した。


 フィオも口をぱくぱくとさせている。

 《魔女の茶会》という集団。

 《鎖の魔女》、チェイン。

 そして、

 《魔女の夜ヴァルプルギスナハト》。


 イブキはそれらの思考を無理やり頭から締め出し、目の前の事に取り掛かった。


(――考えるのは後よ、イブキ。レーベにも、後から聞けばいい)


 まだ、エネガルムの至るところは燃え盛っていて、空も炎に覆われている。

 イブキはレーベへ声を掛け、空の炎を消すよう伝えた。だが、レーベは首を横に振った。


「さっきから試しているんだけど、上手くいかないの……多分、ガス欠ね……」


 まったく、なんて無責任な! と罵倒しそうになったが、イブキは堪える。そのまま紅蓮の空を見上げた。


「仕方ないなぁ。残業代はきちんともらうからね」


 イブキが両手を空へ向け、意識を集中させる。魔術を展開し、エネガルムを救うのだ。そして、リムル神の予言を覆してやる。


 思考、命令――発現――。


 さあ、魔術師イブキとして、エネガルムを救うとしよう。




 








 

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