第36話 《地上へ》


 牢屋を出てから、コンクリートの壁が続く通路を三人は歩んでいた。思った以上に入り組んでいる。左へ右へ、はたまた階段を上って――。


 その間に、イブキとフレイは地上での出来事を聞かされていた。


 竜人族がエネガルムに攻め込んだこと。シャルが重症を負い、レーベとノクタが戦っていること。レーベが《竜爪》の実験を成功させたこと……。全て、予言の通りに進んでしまっている。


 リリスには、本当の予言の内容を伝えた。心底驚いていたが、合点がいったらしく今では気持ちを切り替えている。


 リリスは歩みを止めずに、不安そうな声音で言った。


「どうやら、ハーレッドの指示とは別で、独断で攻め込んできたらしいんです。尾行している時に、話が聞こえてきて……」


「あの、ブレインは無事なのですか?」


 とフレイ。それにはリリスが即答した。


「大丈夫です。戦いには巻き込んでいません」


 フレイはほっと胸を撫で下ろした。この戦いが終われば、二人はまた一緒に暮らせる。イブキには、恋愛のことなんてさっぱりわからないが、この二人の未来だけはなんとしても守ってあげたい。


 歩み続け扉をくぐると、今度は広い場所にでた。ここは白い外壁だ。天井には光源があり、壁にはいくつもの扉がある。大きな机と椅子、さらに受付所のようなものまであった。


 白衣を着た、何人かの男女が床に倒れていた。イブキはリリスの方を見る。


「やるわね、リリス」


「あ、あたしだって、氷花騎士団の一員ですもん! 魔法を使えない一般の方には、負けません」


 倒れている白衣の男女は、リリスの仕業だった。みんな、気を失っている。ここへ侵入する時にひと悶着あったようで、リリスは仕方なくそうしたのだ。


 と、一際大きな扉を見て、フレイがぶるっと体を震わせた。なにか嫌なことを思い出したかのようだ。


「あそこが、実験施設です。私も、何度もあそこに連れて行かれました……。今はハーレッド様のご両親がいらっしゃるはずです」


 そうと分かれば話は早い。救出だ。イブキとリリスが向かおうとすると、フレイに声で制された。


「ここからは、私に任せてください。他にも、捕らえられた仲間がいるかもしれません。二人は、先に地上へ向かってください」


「でも、ノクタ団長なら大丈夫ですよ? 絶対に、レーベなんかには負けません」


 いつにもまして気合たっぷりに言い切るリリス。フレイは真紅の瞳を天井――地上の方へ向けた。


「嫌な予感がするんです。《竜爪》には、秘められた力があります。王家の血を引く者のみが発動できる能力が。レーベが、王家の血筋であるハーレッド様のご両親の力を取り込んでいるとしたら……」


 その先は言わなかった。


 イブキとリリスはその部屋を出て、フレイを置いて地上へ続く階段を上り始めた。


 壁に光源が埋め込まれていて、遥か先まで階段が続いている。この不思議な構造について訊いてみると、遥か昔、ここは牢獄として扱われていたらしい。一度は埋められたが、その上にレーベが統率を取る魔法研究所が建てられた。それが偶然のことなのかどうかは、誰も知らない。


 ――リムル神の予言では、レーベは新たな力を手にし、燃え盛る王都での戦いを乗り越えた後、最強の魔法使いとして君臨すると告げられていた。

 その予言を覆すには、レーベを殺すか、なんとかして監獄島へ送り込む必要がある。


 リリスの報告によると、まだ王都は炎に飲み込まれてはいない。まだ、チャンスはある。



 何分も掛けて階段を登りきると、目の前に小さな扉が現れた。リリスが取っ手に手をかけ、横へ滑らせる。軋む音を立てて扉が開くと、小さな部屋にでた。壁に棚が取り付けられ、たくさんの薬品や、何に使うかわからない器具が並べられている。

 ここは倉庫のようだ。


 リリスは後から追ってくるフレイのために、わざと扉を開けっ放しにした。


「よく見つけたわね」



 イブキは感心して、声を漏らす。扉を完全に閉め切ったら、普通の壁にしかみえないだろう。他の壁と同様に、扉には棚が取り付けられていて、上手くカモフラージュできるようになっていた。


「研究所内に隠れていた、研究員の方に教えてもらったんです。ほとんどの方は知らなかったみたいですけど、その方はレーベに近しい人物らしくて、知っていました」


「……どうやって、聞き出したの?」


「それは、もう、びりびりー! って」


 可愛らしく言ったが、尋問したということだろう。しかも、リリスは平然としている。


(おとなしい子だと思ってたけど、もしかしてSっ気もある……?)


 イブキは自然と距離を取ってしまう。姉のシャルも含め、このリーゼロット姉妹は色々な意味で危険かもしれない。


「イブキさん、どうしたんですか? 早く、ここを出ましょうよ。戦闘音が止んでいます。もしかして、もう終わったのかも!」


「そ、そうね」


 リリスに手を引かれ、イブキも後を追う。


 初めて話した時はあんなに気の弱かったリリスが、今は自分の手を引いて先導している。この戦いで、なにか覚悟を決めたのだろうか。


(やっぱり、お姉ちゃんみたいになれるわよ、リリスなら)


 そしてイブキはふっと微笑んだ。




 

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