第13話 《リムル神の予言》
ハーレッドが淡々と言葉を紡いでいくその間、イブキは額の血を拭って話に聞き入っていた。元々ハーレッドと崖の上にいた仮面の竜人族は、崖上からじっと二人を見下ろしている。その人物にまでは、イブキも眠りの魔術をかけていなかったのだ。
イブキ自身、こんなことに頭を突っ込みたいわけではない。だが、この世界で生きていく以上、避けては通れない道の気がして、こうしているだけだ。
「リムル神がそんな予言を?」
近くの岩に腰掛けて、イブキが問う。ハーレッドは赤い目に復讐の炎を燃やしている。
「ああ。我ら竜人族が、王都エネガルムを火の海にするという予言をな」
「……で、その気はあったの?」
「あるわけがなかろう。元々、竜人族は他種との共存を求めていたのだから。我らの故郷は、エネガルムより北の山にある。そこは緑豊かで、とても素晴らしい場所だった。母と父との思い出も、そこにある。だが、魔法七星は竜人族討伐隊を組み、我らの思いすら踏みにじった。リムル神の予言を鵜呑みにし、我らをヴォルシオーネ大陸の果て――このサイハテの荒野まで追いやったのだ」
ヴォルシオーネ大陸とは、王都エネガルムがある場所……今イブキたちがいる大陸のことだ。イブキが住んでいる草原に比べ、ここはまるで地獄のようだ。同じ大陸だなんて、思えないくらいに。
「家族との思い出、ね……。ハーレッドはいくつなの?」
「120歳だな」
「ひゃっ……」
どう見ても成人男性にしか見えないというのに……。
「竜人族ではまだ若い方だ。俺は王家の血筋でな。王家の血筋を引くものは、500歳まで生きることもあるらしい。俺の父と母は、300歳だったな」
「お父さんとお母さんは……?」
「わからぬ。魔法七星に捕らえられ、それっきりだ。我が友たちもな。討伐隊に殺されたものもいる。だから、この転移ポータルを使って、王都エネガルムへ攻め込もうとしたのだ。魔法七星へも、復讐を果たすつもりだった。だが、貴様に邪魔をされたわけだ」
ハーレッドが皮肉っぽく言う。イブキはむっとして言い返した。
「そりゃ、あんな乱暴にしてきたら、やり返すよ」
「だろうな。貴様さえいなければ、俺の計画は達成できたものを。貴様はいったい何者なんだ?」
「さっきも言ったでしょ、《災禍の魔女》だって。なんかわたし、リムル神によると、半年後に世界を滅ぼすんだってさー」
「そんなやつが、なぜ氷花騎士団と一緒にいるのだ」
イブキは魔女裁判での判決を思い返し、溜め込んでいた苛立ちを吐き出す。いつも通り、幼女姿に似合わず口も悪くなる。
「監視されてんの! 意味わかんねーでしょ! わたし、そんなことしないのに、バカじゃん」
「ふっ、俺たちの予言と似ているな」
「リムル神ってなんなのよ。えらそーに予言なんかしちゃってさ」
「リムル神は、世界を平穏に導くために未来を予言する。その予言によって、助かった命もあるのだそうだ。エネガルムに巨大な塔が立っているのをみたろう。あの最上階に、リムル神がいるらしいぞ。まあ、そのリムル神とやらに、我らは追い込まれているわけだがな」
「……今度、文句でも言いに行ってやろうかしら。その予言って、誰かが管理してたりするものなの?」
「ああ。世界中の予言だからな。司教が管理しているみたいだ。そこについては、エネガルム出身の奴らが詳しいだろう」
「なるほどね」
そこでイブキは思いついた。自分にも利益があり、ハーレッドや捕らえられたその仲間たちのためにもなる方法……。イブキは頭の中で構想を練っていく。馬鹿げた計画だが、半年後に起きるという未来を変えるチャンスにもなり得る。
イブキは岩から腰を上げて、「よしっ」と気合を入れた。
「ハーレッド、あなたはここで待機しておいて」
「ふん、捕らえられた仲間や、殺された仲間たちの無念を――」
「わかってるわよ。けれど、今は待って。わたしが、確かめてくるから」
イブキがなにかやろうとしていると、彼も感じ取ったみたいだ。
ハーレッドは、イブキの提案を渋々飲むことにした。
「……いいだろう。隕石を落とされたくはないからな。代わりに、エネガルムの墓守をしている《ブレイン》という人物を訪ねろ。そいつが、力になってくれるはずだ」
「ブレイン……?」
「ああ。いっただろう、俺たちは炎魔法しか使えない、と。ならば誰が、重力魔法を利用した転移ポータルを作ったのだろうな」
「えっ……スパイってこと……?」
「ブレインに聞けばいい。そいつが全部話してくれるはずだ」
思っているよりも、この話は一筋縄じゃいかなそうだ……。だが、イブキにも悪い話ではない。
まずはエネガルムへと戻る。話はそれからだ。
うまくいけばいいが……。
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