第30話 黒き閃光とともに
「く……っ!」
「なん……とか……倒せた……っ」
ユリとスズが息も絶え絶えに言葉を漏らす。
二人とも満身創痍だが、レッサードラゴンを倒しきることができた。
残りはドレイクだけであり、そちらも大きな傷を負わせることができたので、何とか倒すことができるだろう。
戦闘に、魔族――ガイルが加わってくることはなかった。
恐らく、召喚能力に長けた魔族であり、本人自体は戦闘向きではないと考えられる。
『ほう……冒険者風情が、たった二人で倒しきったか』
どういうことだろうか。
レッサードラゴンは倒され、残りのドレイクも倒されるのは時間の問題だというのに、ガイルは余裕そうな笑みを浮かべている。
『よくぞ二人でここまで耐えきってみせた。しかし、それもここまでだ。……来い、我が最強の下僕どもよ――ッ!』
高らかなに叫ぶガイル。
すると、迷宮の奥から『ゲバァァァァァァァァァァ――ッッ!』という雄叫びが鳴り響いた。
「な……何だ、この声は……!?」
「わからない……けど、とんでもないプレッシャーを感じる……」
ユリとスズが冷や汗を流す。
遺跡の奥から、ドシン……ッ! ドシン……ッ! と、地響きがする。
何か巨大な存在が近づいてきている証拠だ……。
『ゲバァァ……』
そんな唸り声と共に、曲がり角から二体の巨大な異形が現れた。
「ば、馬鹿な! 〝トロール〟だと……ッ!?」
「Aランク帯の……最強モンスター……ッ!」
驚愕に目を見開くユリとスズ。
トロール――
三メートルほどの体を持つ、巨人型のAランクモンスターだ。
その膂力は絶大で、単純なパワーならレッサードラゴンにも勝ると言われている。
「どうしよう……ユリ……」
「どうしようもこうも……やるしかないだろう、スズ……ッ」
絶望的な表情で、スズとユリが魔剣と妖刀を構える。
『ゲバァァァァァッッ!』
トロール二体が、棍棒を手に駆けてくる。
振り下ろされる棍棒を、ユリとスズの二人は左右にサイドステップし躱す。
なんという膂力だろうか。
標的を失った棍棒が、岩肌の地面に衝突すると、大きなヒビが走ったではないか。
『ガオォォォォンッ!』
傷を負ったドレイクが、体を半回転させ、テールアタックを繰り出してくる。
「ぐぁ……ぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?」
スズが叫び声を漏らす。
サイドステップしたタイミングでのこの攻撃が、彼女の肩にヒットしてしまったのだ。
あまりに強力な攻撃に、スズの体が吹き飛び、壁に叩きつけられてしまう。
「スズ……ッ!」
ユリが叫ぶ。
そんな二人の様子を見て、魔族ガイルが『ククククク……』と嗤う。
どうやら頭を打ちつけたようだ。
スズは朦朧とした様子で、その場に倒れ込んでしまう。
彼女の方に、ドレイクがゆっくりと迫る。
巨大な顎門からは唾液がこぼれ落ちている。
どうやらスズを喰らうつもりのようだ。
「そんな……やめろ、やめろ……ッ!」
悲痛な声を漏らすユリ。
スズを助けようにも、二体のトロールの攻撃に阻まれてしまう。
なんとか傷を負わせて、その隙に……!
と、ユリは考え、妖刀による斬撃を放ち、一体のトロールに深い切り傷を与える。
しかし――
『ゲババババババババッ!』
馬鹿にしたように笑い声を上げるトロール。
するとどうだろうか。
ユリによって与えられた切り傷が、煙を上げ始めた。
そして煙が霧散すると、切り傷が治っているではないか。
「くそッ! 〝再生能力〟かッッ!」
忌々しげに歯ぎしりするユリ。
そう、トロールには圧倒的な膂力の他に、生命力が続く限り、傷を再生するという能力があるのだ。
『がオォォォォォォォォォン――ッッ!』
雄叫びを上げるドレイク。
とうとうスズの目の前へとたどり着いた。
唾液の滴る顎門を、スズの頭へと近づける。
「や……だ……助け、て……」
体を打ちつけた衝撃で、体を動かすことができないスズが、弱々しく声を漏らす。
「スズゥゥゥゥゥゥ……――ッッ!」
妹の命の危機に、ユリが叫ぶ。
どうやっても二体のトロールを突破できない。
最愛の妹を助けだすことができない――
その事実に、ユリの心が絶望感に支配される……。
そんな時だった――
「《ブラックジャベリン》……ッ!」
そんな声と共に、ユリの後方から一条の漆黒の閃きが迸った。
『ガオォォォォン――ッッ!?』
ドレイクが悲鳴のような叫びを上げる。
『黒い、槍……だと……ッ?』
目を見開き、ドレイクを見つめる魔族ガイル。
彼の言う通り、ドレイクの背中には漆黒の槍が突き刺さっていた。
グラリッ……と、ドレイクの体が揺れ、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「ふぅ、危ないところだったみたいだな……」
「お前は……よそ者……?」
後ろからした声に振り返るユリ。
その瞳には、よそ者――ティオの姿が写し出されていた。
「まったく、わたしたちを置いていった挙句に、ピンチになっているではありませんか……」
呆れを感じさせる声と共に、ティオの後ろからアイリスが現れる。
「うふふっ……ドレイクを一撃で仕留めるなんて、さすが私のマスターね」
「やっぱりティオは強いわ〜!」
「です〜!」
小さく笑うベルゼビュート。
その腕の中に抱っこされたフェリスと、彼女の頭の上に座ったリリスははしゃいだ様子だ。
「大丈夫ですか、スズさん?」
「あ……ぅ……?」
突然の出来事に、呆然と立ち尽くすユリとトロールの横を通りぬけ、スズの元へと歩くティオ。
そのまま不思議そうな声を漏らす彼女の瞳孔を覗き込みながら、その口の中に回復薬ポーションを流し込んでいく。
「助……かった、の……?」
「ええ、もう大丈夫です。あとはぼくに任せてください」
回復し、きょとんとした様子で問いかけてくるスズに、ティオはにっこりと笑って応える。
「遺跡がモンスターの巣窟になっている可能性があるとは聞いてたけど……まさか魔族がいるとはね」
魔族ガイルを見据え、ティオが呟く。
『貴様、何者だ……? さっきの攻撃はいったい……ッ』
狼狽した様子の魔族ガイル。
そんなガイルに、ティオはこう答える。
「ぼくの名はティオ……黒魔術士だ。さぁ、お前に黒魔術士の本領を見せてやる――」
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