第23話 これもお礼の一環……?

「なんと、では貴殿がティエルの命を救ってくれたということか!」


 ティエルの屋敷、その応接の間へと通されたティオに、ティエルと同じく高級そうな服に身を包んだ男が、興奮した様子で言葉をかける。


 ティエルの父であり、この都市――リューインを納める侯爵家が当主、〝ガゼル・リューイン〟その人である。


「ビッグファングが街道に出るなんて、ティオさんたちがいて本当に助かりましたわね」


 その隣で、淑やかな様子で微笑みを浮かべる麗人が一人……。

 ティエルの母、そしてガゼル侯爵の妻である〝リリアナ〟夫人だ。


「父さん、ティオ君には命を救ってもらった。何かお礼がしたいのだけど」


「うむ。もちろんだ、ティエル。どのように礼をさせてもらうおうか……」


 ティエルの言葉に頷くと、ガゼル侯爵が顎に手を当て考え始める。


「こ、侯爵様、ティエル様を助けたのは成り行きですので、お礼などは……」


 侯爵などという大物に対し、ティオは遠慮がちにお礼を辞退しようとするのだが――


「ふはははは! 謙虚な少年だ。だがティオよ、私は侯爵としてではなく、一人の父として礼をしたいと思っている。どうか応じてほしい」


 ――と、ガゼル侯爵がティオの瞳をまっすぐ見つめてくる。

 鋭く、それでいてどこか優しさを感じさせる瞳だ。


「ティオ様、ここで厚意を断っては、返って失礼に当たるかもしれません」


 アイリスが、そっとティオの耳打ちをしてくる。

 確かに貴族の厚意に応じないなど不敬かもしれない。

 ティオはありがたく、ガゼルの気持ちに応じることとする。


「よし。それなら、まずは食事でもどうだろうか? 他の皆の分も用意させよう」


 満足そうに頷くガゼル侯爵。


 その言葉に、リリスとフェリスが「わ〜い!」「ごはん楽しみです〜!」と、はしゃぎ始める。

 ずっとルミルスの大森林で暮らしていた二人にとって、人の作る食事は美味しくてたまらないのだ。


 無邪気な二人の様子に、ガゼル侯爵にリリアナ婦人、ティエル、そして使用人たちも微笑ましい気持ちになるのだった。


 ◆


 夕食の席にて――


「ほう、それではその妖精たちを故郷に送り届けるために旅をしていたのか」


「はい、侯爵様。それと時空魔法を操る魔族の話も気になりまして……」


 これまでの経緯と、旅の目的をガゼル侯爵に話すティオ。

 すると、ガゼル侯爵からこんな提案をされる。


「であれば、ティオよ。侯爵家の方で船を用意してやろう、快適な船旅ができるぞ」


「船を!? よろしいのですか……?」


「うむ。ティエルを守ってくれた礼の一つと思ってくれ」


 思わぬ形で海を越えた先にあるバーレイブ王国への船を確保することができた。

 侯爵の申し出に、ティオもアイリスも感謝する。


「わ〜い! このお肉美味しいわ〜!」


「パンもふわふわでたまらないです〜!」


 その隣で、リリスとフェリスが料理に夢中になっている。


 そんな二人を「仕方ないわね……」と苦笑しながら、ベルゼビュートが口を拭いてやったりと、世話をしている。


 もはや完全に〝ベルゼビュートママ〟である。


「それと、もう一つ礼を用意したんだ。受け取ってほしい」


 今度は向かいの席から、ティエルが話しかけてくる。


 彼が使用人に目配せすると、銀のトレーを手に、使用人がティオへと近づいてくる。


「これは……?」


 トレーの上に置かれていたものに、首を傾げるティオ。

 そこには紐で止められ、丸められた羊皮紙が置かれていた。


「我が家の家紋入りの書状だ。私はバーレイブの貴族や王族にも繋がりを持っている。貴殿たちが向かうルミルスと、この都市リューインは姉妹都市の条約を結ぶほどに仲が良い。その書状があれば、あらゆる場面で融通が利くだろう」


「そのようなものを……本当によろしいのですか?」


「もちろんだ。息子を救ってもらったのだから、それくらいしなくてはな。それと……」


 ティオに満面の笑みで頷いてから、使用人に目配せするガゼル侯爵。

 すると、控えていたもう一人の使用人が、先ほどの使用人と同じように、銀のトレーを持ってきた。


「これからの旅に路銀はいくらあってもいいだろう。中身は見ずに受け取ってくれ」


 トレーの上には高級そうな革袋が置かれていた。

 ティオが手に取るとズシリと重く、すぐに硬貨が入っていることがわかった。


 中身を見るなと言われたので、見ずに受け取ってしまったが……。

 重さを考えるに、かなりヤバい金額が入っていることがわかり、ティオは冷や汗を流してしまう。


「さて、貴殿たちとはもっと話をしたいところではあるが、旅で疲れているだろうし、そろそろお開きにするとしよう」


 そう言って、笑みを浮かべながら、ガゼル侯爵がリリスとフェリスの方を見る。

 二人を見れば眠たそうに、うつらうつらと船をこぎ始めているではないか。


 マイペースな妖精二人を、ティオは苦笑しながら抱っこすると、客間へと案内してもらうのだった。


 ◆


「改めて広い部屋だな……」


 リリスとフェリスをベッドに運び、ティオは大浴場を借り、汗を流した。

 その後、彼は一人だけ違う客間へと通された。


 高級そうな調度品がセンス良く配置され、ベッドも程よくふかふかで、なんとも居心地がいい。


 ベッドの上で天井を見つめるティオ。

 そういえば、こうして一人で眠るのは久しぶりだな……などと、最近の出来事を振り返る。


 そんな時だった……。


 コンコンコンッ――


 ……部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 言いながら、ベッドに座り直すティオ。


 扉が開かれ、現れた人物に、ティオは思わず「な……!?」と、声を漏らしてしまう。


 そこには、煽情的な格好をした一人の美女が立っていたのだ。


 メイド服じゃないせいで一瞬わからなかったが、よく見ればこの家の使用人である。


「失礼します、お客様……〝夜伽〟に参りました♡」


 淫靡な笑みを浮かべ、部屋の扉を閉めると、そう言って美女の使用人が近づいてくる。


(よとぎ……ヨトギ……夜伽……っ!?)


 やっと言葉の意味に気づいたティオ。

 どんどん近づいてくる彼女に、「あわわわわわわわっ!?」と大混乱だ。


 そんなティオを優しく押し倒し「くふふふ……っ」と、蠱惑的な表情を浮かべながら彼女は、ペロリ……っと、舌舐めずりをする――。

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