第17話 二つの少女の声

「よし、それじゃあ改めて行くとしよう」


 再び迷宮へと足を踏み入れるティオ。


 アイリスは都市へと一旦戻ってもらい、今はギルドで待機してもらっている。


 ベルゼビュートは《ブラックサモン・魔》を再び発動し、異空間に一時的に帰還済みだ。


 ティオは考えた。

 迷宮で強力なモンスターが突如出現する条件、それは一人で迷宮を探索することではないのかと。


 アイリスは孤高の冒険者であった。

 そんなアイリスの前に、レッサードラゴンが出現した。


 そして今朝ギルドで聞いた冒険者も、三層目まで一人で挑み、ミノタウロスに遭遇したという話だった。


 どれも一人の時に通常では出現しないモンスターに遭遇している。


 そしてパーティで迷宮に挑んだ冒険者たちからは遭遇報告は上がっておらず、ティオたちもパーティを組んでからは遭遇していない。


 それらを踏まえて、ティオはその条件にたどり着いたのである。


 先ほどと同じように、雑魚狩りをしながら迷宮の奥へと進んでいくティオ。

 そして迷宮四層目の中間地点へと到達したその時だった――


『ワォォォォォォォォン――ッ!』


 遠吠えのような声が鳴り響いた。

 声のした方向を見ると、その空間がグニャリと歪んでいるではないか。

 そしてその中から『グルルル……ッ』と、唸り声を漏らしながら、一体の異形が現れた。


「〝ビッグファング〟! やっぱりぼくの予想は正しかったみたいだな」


 現れたのはBランクの狼型モンスター、ビッグファングだった。

 迷宮四層目では現れないはずのモンスターである。


 迷宮内で、一人で行動することが、普段出現するはずのないモンスターと遭遇する条件――

 ティオのその考えは当っていたのだ。


『グルッ!』


 短く鳴くと、ビッグファングはティオに向かって飛び掛かった。

 顎門を大きく開けているのを見るに、噛み殺すつもりらしい。


 対し、ティオは動かない。

 ティオの喉笛めがけ、ビッグファングが飛びつく――がそれは無駄だ。


 パァン――ッ!


 という乾いた音とともに、ビッグファングが後方に大きく弾かれた。


 ティオの前には漆黒の魔法陣が展開している。

 ベルゼビュートの《ベルゼプロテクション》が発動し、彼を守ったのだ。


 ビッグファングが弾かれ、体勢を崩したところでティオが「《ブラックジャベリン》ッ!」と叫び、EXスキルを放つ。


 漆黒の魔槍が閃光のように迸り、ビッグファングの土手っ腹を貫き、その生命力を奪い尽くした。


 そんな時だった……。


 ――第一試練の突破を確認しました〜! 


 ――それじゃあ次の試練に移行するわよ〜!


 ……そんな声が響き渡った。


「女の子の声? それに試練って……」


 聞こえた二つの声に、戸惑うティオ。


 そんなティオの目の前に二つの歪みが生み出される。

 その中から、杖を持ったミノタウロス――ミノタウロスウィザードが五体と、レッサードラゴン一体が現れたではないか。


『ガオォォォォォォ――ンッ!』


 レッサードラゴンが雄叫びを上げる。

 そしてそのままその場で半回転して、ティオに向かってテールアタックを繰り出してくる。


 咄嗟に大きく飛びのくことで、それを回避するティオ。

 ベルゼビュートに施された《ベルゼプロテクション》で防げるか、微妙だと判断したからだ。


 ティオは中〜後衛でこそ輝く黒魔術士だが、前のクラスは騎士だったので、身のこなしはなかなかに鍛えられている。


「来い! ベヒーモス!」


 そう叫び、EXスキル《ブラックサモン・械》を発動する。

 漆黒の魔法陣の中から大型モービル、ベヒーモスが現れた。


【ほう、戦闘の最中に吾輩を呼び出すか、面白い】


 敵の姿を確認したベヒーモスが面白そうに言う。


 そんなベヒーモスに跨り、ティオはアクセル全開で飛び出した。

 この階層は、他の階層と違い平坦で開けた場所になっているので、ベヒーモスでの走行が可能だ。


 一気にレッサードラゴンから距離を取るティオ。

 そしてそのまま、敵どもの周りを旋回するように高速移動を開始する。


『ブモ! 《ファイアーボール》!』


『《アイシクルランス》……ッ!』


 五体のミノタウロスウィザードどもが、次々と魔法スキルを放ってくる。

 だが、その全てをティオはベヒーモスの速さで回避する。


 これだけの数を相手にすれば、滅多撃ちにされるのはわかっていた。

 だからこそ、この階層の状況を見て、咄嗟にティオはベヒーモスを呼び出し、高速移動を絡めた戦闘術に切り換えたわけである。


 高速で移動するティオに、レッサードラゴンが右往左往する。

 ミノタウロスウィザードたちの連携も崩れ始めた。


「《ブラックジャベリン》ッ!」


 敵の隙を突き、ティオが射程範囲に瞬間的に移動すると、EXスキルを連続で発動する。

 漆黒の魔槍がミノタウロスウィザードどもの頭や腹を貫いてゆく。


「さぁ、残りはお前だけだ!」


『ガァァァァァァァァ――ッッ!』


 ティオが叫ぶ。


 同じようにレッサードラゴンも叫び声を上げ、その場から跳躍すると、鋭い爪を振り下ろしてくる。


 ティオはそれを、ベヒーモスをドリフトさせて鮮やかに回避するとともに、通り過ぎざまに漆黒の魔槍で、レッサードラゴンの頭を貫いた。


 ――あはははは! 何それ〜! 


 ――そんな戦い方見たことないです〜!


 全ての敵を倒した直後、再び少女のような声が二つ響いた。

 それとともに三度みたび、ティオの目の前の空間が歪み始める。


 その中から――。

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