第四十話 決戦
ブリッジに九重たちが到着すると、アオイ先生がミキにフワリと近寄ってきた。だが、ミキには気圧された様子はない。
「エンジン区画の見学は予定通り終わりました」
ミキはたんたんと報告した。アオイ先生を出し抜こうとしている様子などみじんも見せない。
「みなさーん、おつかれさまです。津川さん、タイミングいいですね。たった今、目標の座標に到着したところですよー」
そう言うと、アオイ先生はフワリとブリッジ中央付近に戻った。そこからは前方にある大型モニターが見渡せる。艦長席だ。
「これから精神連結を行い
アオイ先生はメイフェアの方を見て微笑んだ。
「もちろんです、先生」
メイフェアの声にはほんの少しだけ怯えのような色があったが、アオイ先生は今から行うことへの不安だと受け止めたようだ。いや、まったく気にもしていないのかもしれなかった。ワイズに逆らう者など想定もしていない。
ブリッジのケンタウリ人は、みな、さっきまでブリッジで行われていた演習の後遺症でぼんやりしている。だが、その中からシーシャがメイフェアに駆け寄ってきた。
「メイフェアさまに九重さま……プリンセス科の方々はご無事だったのですね」
精神連結は自分と他人との心の境界をぼやけさせる。ほとんどのケンタウリ人は気もそぞろといった様子だが、シーシャはまだ周囲のことが見えているようだ。
「今宿さん、今のところは無事ですし、アオイ先生に任せておけばきっと大丈夫です」
突然メイフェアがアオイ先生に恭順の意を表明したことに、シーシャは少し怪訝そうなだった。メイフェアはもちろんミキの作戦をシーシャに匂わせるわけにはいかない。どこから作戦が漏れるかわからない。
「精神連結を開始しますよー」
アオイ先生はふだんの口調で通達した。コンソールはテレキネシスで操作されており、見た目には何かされているように見えない。
だが、その操作と同時にメイフェアとシーシャの目が虚ろになる。他のケンタウリ人も似たような状態だ。
「寄居さん、聞こえますかー? さっきと同じように、目の前のモニターを注視してください。今度は演習ではありませんよー」
九重たちは、星空しか映っていない中央の大型モニターを見た。何も見えない。だが、一万年間この銀河の人々の心を支配しているというものが明らかになろうとしていた。
ミキの作戦では、メイフェアがその「兵器」だか「装置」だかの発見を意図的に遅らせ、そのあいだにミキがディスラプターを準備する手筈になっている。
だが、ミキは黙って突っ立っているだけだ。
「誰です? ディスラプターを起動したのは。中條さんですか?」
突然、アオイ先生が艦長席の後ろでかたずをのんでいた九重たちを振り返った。
メイフェアを除く九重たちの息が突然、困難になる。体も動かない。アオイ先生から放たれたテレキネシスだ。
「……先生、わたしは……起動方法を知りません」
エトアルは喘ぎながら申告した。
「ですよねー。では、いったい誰が……」
アオイ先生は首を傾げた。かといってエトアルを解放するわけでもない。
その間、
「……先生、とても大きな……箱のようなものが見えます」
そのとき、メイフェアが呟くように言った。
「それです! ついに見つけたのですね。ヒトの精神を支配する『キューブ』。船に映像を送り座標を記録します」
アオイ先生がそう言うと同時に、九重たちの目の前のモニターに大きな正六面体の物体が映し出された。まるで結晶体のようになめらかな表面だが、よく見るとときどき風を受けた水面のようにさざめいている。
「さっそく接続したいところですが、ディスラプターを起動した犯人を探さなければなりません」
アオイ先生は困った顔をすると言った。
「先生、怒りませんから、目を閉じているうちに申し出てください」
そう言うと、アオイ先生はふだん開いている額の目を閉じた。
アオイ先生ほどの強力なテレパシーの持ち主であれば、わかりそうなものだが。
「あら。ごめんなさい。少し力が強すぎましたね」
アオイ先生がふと何かに気づいたようにつぶやくと、次の瞬間、九重たちの胸から重い何かが取り去られたような感覚とともに呼吸が楽になった。
しばらくして、エトアルが口を開いた。
「先生、ディスラプターの起動方法を先生以外に知りうる立場の者が怪しいのではないですか」
つまりミキのことだ。ミキはすでに一年近くアオイ先生のそばにいる。
九重がミキの方を見ると、ミキは素知らぬ顔だ。
アオイ先生はそんなミキに気がついた。
「やっぱり、あなたなのですかー? 津川さん。あなたは人間とは思えないくらいに優秀でした。先生の計画を邪魔するなら、退校してもらいますよー?」
アオイ先生はミキ以外をテレキネシスから解放した。ミキだけが宙に浮かべられ、体を締め付けられていた。
「アオイ先生……あなたに……『キューブ』を使う資格はありません」
ミキは言葉を絞り出すように言った。
「どうして津川さんがディスラプターを起動できたのかはわかりませんが、これ以上、勝手なことができないようにさせてもらいますよー」
アオイ先生は見せしめのためだろう、まず、ミキの左手を捻り曲げた。
「……!」
ミキは声も出せない様子だ。
「手足がなくても大丈夫ですよねー、津川さんなら」
今度はミキの右手が捻れていく。
ニココはアオイ先生を睨みつけるだけで、やはり体までは動かせない。エトアルは目の前の残酷な
「やめてください……いくらなんでもやりすぎ……です!」
九重から絞り出された言葉の最後は叫びだった。それと同時に、アオイ先生のテレキネシスが中和され、大きな音が二回した。
一つ目はミキが宙から落ちた音。二つ目が、アオイ先生がニココの体当たりで見事に十数メートル先の壁まで吹っ飛ばされた音。
「あらー。足が地についてないと、こんなに吹っ飛ぶんですね。勉強になるなー」
ニココは、ようやく体を動かせたことを素直に喜んでいた。
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