第175話 失意の慟哭(4) エミリアside

「……私は反対です!」

「エミリア……」


 私の話を聞いていたお母様が、そっと私を抱きしめてくる。

 人のぬくもりと優しい声に、少しだけ気持ちが落ち着く。


「すまない。エミリア」

「お兄様?」


 声をかけてきたお兄様。

 その表情は憔悴しきっていて、そこで――、ようやく私は気が付く。

 近づかなければ分からないほど、お兄様の顔は痩せていた事に。

 遠目では、化粧を施しているので分からなかった。


「お母様は、お兄様のことに気が付いて――」

「大事な息子だもの。分かっているわ」

「そういえば……」


 お父様が行方不明になられてから、ずっと忙しいからという理由で、家族そろって食事をすることはなかったことを思い出す。

 いつも、お母様と私だけだった。


「わ、私……。何も気が付かなくて……」

「気にすることはない。だが――、俺ではもう国を守ることはできない」

「――え? どうしてですか?」

 

 私の問いかけに視線を逸らすお兄様。

 その様子に、私は嫌な予感がしてしまう。


「流行り病に罹ったからだ。だが、安心してほしい。この病は、誰かにうつるような病ではない」

「それって……」

「妖狐族が掛かる呪いみたいなものなの」


 答えたのはお母様。

 

「呪いって……」

「石化の呪法だ。妖狐族であるなら、知っているだろう?」

「はい……」


 石化の病。

 それは妖狐族の――、治癒の魔法を使うことが出来ない男性が罹る病気で、完治することはなく、臓器や手足などが石化していき、いずれ石化は全身に転移し死に至る不治の病。


「だからこそ、いまのうちに国民に対して出来ることはしておきたい。地竜を使役する事が出来るのなら、獣人国を魔王から守ることもできよう」

「それで……お母様に……」

「ああ。本当は知られたくはなかった。だが――、仕方ないんだ。国民を守るのが国王の役目だからな」

「……ですが! お兄様が居なくなって、お母様まで……」


 私は悲痛な声を上げてしまう。

 だって、妖狐族は石化の病で、もう王族しか残っていないから。

 遅かれ早かれ血が断絶することは避けられなかった。

 それが、まさか……、こんなに早まるなんて――。


「エミリア」


 私を抱きしめていたお母様が、私の名前を呼んできた。

 諭すように、あやすように。


「よく聞きなさい。王家や王族は国や民を守るのが仕事なの。それを放置出すことは、先祖の行いを穢すことなのよ? だから、私が地竜と契約をして国を守るわ。エミリア、貴方は、アーガスのあとを継ぎなさい」

「そうだな。だが――、俺も、まだまだ死ぬつもりはない。だが、その時が来るのは避けられない事だけは……エミリア。覚悟しておいてくれ」

「そんな! お父様が居なくなって! お兄様やお母様まで! そしたら……そしたら……私は……」


 続く言葉が出てこない。

 私は、一人になってしまう。

 そんな現実。

 そんなことを私は――。

 だって言葉にして口に出してしまったら、それを認めるようで――、現実になってしまうと、恐怖から分かってしまうから。


「エミリア。貴女も王族なのだから、シッカリしなさい」

「お母様……」


 私は、自分の力ではどうにもできないことを理解する。

 それと同時に、無力な自分に……どうしようもできない絶望を感じた。







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