進歩と停滞
画面の中では、銃を構えた兵士の視点が映し出されていた。
場所は崩れかかった廃屋。瓦礫の隙間から垣間見えるのは、うんざりするほど晴れ渡った快晴の空の下、けたたましい銃声が鳴り響く戦場の風景だ。
兵士は、その廃屋の隙間から外で戦う数名の男女を捉える。各々が形状の違う武器を所持しており、獲物を捜すような目で周囲を警戒している。
瞬間、兵士の視点が大きく動く。瓦礫を上り、廃屋から飛び出したかと思うと、目にも留まらぬ早さで銃を発砲。
チームを組んでいた数名の男女も、慌てて銃を構えるがもう遅い。彼らが引き金を引く頃には既に、機械のように正確な
画面が切り替わり、試合の
『やったー! ドン勝つだー!』
ナユタの無邪気な声が響く。コメントでは、彼女を賞賛する言葉が無数に書き込まれる。しかし、あまりに精度の高い射撃に、チートやツールアシストを疑うコメントが混じる。
昨今のゲームは他プレイヤーとの関わりが強い傾向にある。多くの人間が集まれば、その中にズルをしてでも勝ちたいと考える人間も現れるだろう。
だから、ナユタのようなプレイヤーに対して疑いのコメントが来てしまうのは分からない事ではない。事実彼女は脳とPCを直結させるBCIを使用している事で、常人以上の反射神経を手にしたらしい。あくまでもナユタ本人の自己申告な為、真偽のほどは定かではないが、これをツールアシストと捉えることもできる。
しかし、ナユタはそんな少数の声などまるで意に介さず、無視をする。元々が特殊な家庭で、学校などで常に浮いた存在だったナユタにとって、不要だと考えた言葉を聞き流すなど朝飯前だ。
『ランクも上がった事だし、今日はここまで! みんな、見てくれてありがとう。またね~』
視聴者に別れの挨拶をして、ナユタは配信を終了させる。随分と根を詰めてゲームに熱中していたらしく、配信時間は四時間近くまで及んだ。
以前ならば、これほど長時間に渡って集中力を要するゲームを配信でプレイするなど、私は許していなかっただろう。脳の負荷の問題が有ったから。
しかし、突然助力を申し出た海珠の協力により、負荷低減の補助プログラムが開発される。彼女は試験運用だとしながらも、現状は一定の効果を上げていた。
ナユタが配信活動中に意識を失う事は今のところ起こっていないし、配信中の脳や周辺機器のステータスも正常な範囲内だ。これほど精度の高いものを一晩で用意できるとは、海珠は一体何者なのだろうか。
そんな事を考えていると、ナユタのアバターが私のモニターに現れる。
「お疲れナユタ」
「蓮さんも見てくれてありがとー。ねえ凄いでしょ! もうプラチナランクまで上がったよ!」
ゲームを殆どプレイしない私にはピンとこない話だが、このプラチナランクというのは、勝率が高いプレイヤーに与えられる称号のようなものらしい。少なくとも、私はそう解釈している。ナユタに言わせると、少しニュアンスが違うとの事だが、大体はその解釈で間違いないらしい。
もっとも、脳をPCに直結している為に反則レベルの動作が行えるナユタが、並のプレイヤーに引けを取る訳が無いので、勝率が高い事は頷ける。しかし、ナユタの餌食となった対戦相手のプレイヤーからすると、堪ったものではないだろう。
私がその事をやんわりと伝えると、ナユタは頬を膨らませる。
「でも仕方ないじゃん、私はこんな体なんだから。そもそも、私を想定して作られていないゲームが悪い!」
「無茶苦茶な事を言うなぁ」
呆れながらも、一理あるように思える。昔のニュースで見た記憶だが、義足が競技に対しプラスに働いていた為にルールの改定が行われたパラリンピック競技があったはずだ。もしもBCIの技術が進んだ未来、eSportsと呼ばれるゲーム競技において、ナユタのような存在はどのような立ち位置に立たされるのだろうか。
新しい技術は人類を進歩させると共に、いつだって人間の作るルールはその進歩について行けない。そして、新しいルールを作ろうとすると、今までのルールで上手くやってきた人々から反発を受ける。こうして人類は停滞しているのに、技術ばかりが進化を続ける。この研究所で法に反した違法な研究ばかりが行われているのは、人類のルールと技術進歩の
「どうしたの? 難しい顔をしてるよ?」
BCIの研究をしている私にとって、人類と技術の乖離は重要な問題である。しかし、今考えるべきことでは無い。そもそも、私が考えるべきことでもないのかもしれない。
「いや、何でもない。それよりも……」
話題を替えようとした矢先、芽衣のデスクの電話が鳴る。彼女はこのところ、研究室に留まっている時間が少ない。今日も朝から顔を見せていなかった。
私は代わりに受話器を取る。
「はい、結月の電話です。彼女は今不在にしておりまして……」
「本部会の者から連絡があったと伝えてくれ」
重く鋭い男の声。私が要件を聞こうとすると、そのまま電話を切られてしまう。
「誰だったの?」
「……切られたからよくわからなかった」
ナユタにはそう伝えつつ、私は芽衣の事を考える。本部会とは、この研究所を運営する宗教法人の、更にその中枢のはずだ。
最近忙しそうにしているのと、今の電話は関係があるのだろうか? 私には、芽衣が何か危ない橋を渡っているような気がして、心配でならなかった。
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