その純愛、狂愛につき
ユーガが殴りやすい形をしたスナイパーライフルを振り回し始めるしばらく前――
ソーナはもう一人の配信者くるなと、広場の空いているもう半分の方に向かって歩いていた。
くるなはのんきに鼻歌を歌いながら。そしてソーナは恋人が怒ったことにより若干ヒートダウンしながら、しかしコイツらは必ず潰すという覚悟を持って。
彼女が腹を立てているのは、良い雰囲気(本人はそう思っている)だったのをぶち壊されたこと、面倒な言いがかりをつけられたこと。
そしてなにより、せっかくのデートを邪魔されたことだ。
そのうえ恋人のことを悪く言われた。最悪の四コンボである。
ソーナはこれらに静かにキレながら、どう潰すかを思案していた。
「あたしアンタみたいなの嫌いなんだよねー。なんにもしらないやつらにもてはやされて、いい気になっちゃってるってカンジのー?」
そんな胸中を知らず先に喧嘩を売ったのは、金髪肌黒ツインテールといういかにもギャルと呼びたくなるようなアバターの配信者、くるなだった。
「てゆーかさっきのなに? 二人して熱くなっちゃってさ、バカップルじゃん。どーせゲームなのにさ、バッカみたい」
「冷めないよりはいいけどねー。あと私とユーガはリアルでも付き合ってるから。そっちこそ、あんなのと付き合うのはどうかと思うなぁ。浮気でもされてるんじゃない?」
「は? ふざけんなしっ! あたしとメージンだってリアルでもラブラブなんだから!」
「それにしては私を見る目がいやらしかったけどねぇ……」
正直に言えば、ソーナはくるなよりも自分のことをいやらしく見てくるメージンの方と戦いたかった。
ただ、ユーガが自分のために怒ってくれたのが嬉しかった。だから彼がヤる気だった奴は譲ったのだ。
それに、彼女がムカつくのは男の方だけでもない。
彼氏を悪く言ったこの女を、毛頭許す気もなかった。
「どーせ可愛いアバター作ってるわたしすごーいなんて思ってんでしょ? じゃなきゃそんな男好きするようなキャラ作んないもんね!」
「あ、これは天然だよ?」
ソーナは自分の胸元をたゆんと押さえる。
それはもたざる者にとっては地雷だと理解して。
「……は? ずる! ぜったいボコしてやる!」
「あれ、アバターだと結構あるのにねー? まあ寂しすぎて盛っちゃいたい考えはわかるよ! その気持ちはわからないけどね!」
「ぶっころす!」
くるなは叫びながら、叩きつけるように決闘申請を送る。
この程度でキレるだなんて、煽り耐性低いなぁ……と考えつつ、ソーナはそれを承諾した。
ソーナがキレたのは挑発ではなく、デートを邪魔されたことによるものなので煽り耐性が低いのではない。
彼女の煽り耐性は
ほどよく受け止めまあまあ無視する。それでも気になれば張り倒せばだいたいなんとかなる。そのとき煽り返すとなおよし。これぞユーガ直伝の煽り対処術。
なのでそれに従って、ムカつく尻軽女を張り倒すことを心に誓った。
「それにしてもさ。ユーガのこと悪く言ってくれたよねぇあなたも。そのことも怒ってるんだよねぇ、私」
10カウントが進んでいく中で、ソーナは武器を装備していく。
ソーナの装備はほとんどがユーガの均整だ。昼夜銃を開発する傍ら、試行錯誤して作り上げてくれたソーナのための武器。
右には透き通るような銀の片手剣。
左には深紅に輝く紅い片手剣。
全身にはソーナの体に合わせられ、要望に全て答えられた『
「徹底的に叩き潰すね。二度と私達の耳にも視界にも入りたくなくなるくらいに」
にっこりと笑いながら、人の恋路を邪魔する虫は馬に蹴らせる前に自分で蹴ろう、と気合を込めて、ソーナは装備を身に纏った。
「はんっ、いい気になっちゃってさー! こちとらもう対策は固めてきてるんだから!」
一方くるなは露出度高めの踊り子のような装備とステッキのような短い杖を持っていた。
「短杖かぁ。ってことは魔法職かな」
「そのとおり! あたしは踊れる《魔術師》よ!」
ソーナは剣と魔法をそれぞれそれなりに扱える《魔法剣士》だが、その前段階として魔法に特化したクラスがある。
それが《魔道士》系のクラス。魔法運用に特化しており、一次クラス《魔道士》、二次クラス《魔術師》、三次クラス《賢者》と伸びていく魔法職だ。
魔道士系のクラス補正は、魔法の威力が上昇し消費するMPが少なくなる。
シンプルなものだがそれゆえ補正の差ははっきりしており、魔法をメインで扱うにはもっとも適したクラスなのだ。
そしてくるなの持つ『短杖』カテゴリの武器は魔法の消費MPをさらに抑える効果がある、連射力が強みの杖だ。
ちなみに同じ杖カテゴリだが、さらに攻撃力を増やすのが『長杖』カテゴリの武器だ。
つまりこの戦いは魔法剣士VS魔術師という近しい要素を持ちつつ全く違うスタイルに進んだクラス同士の戦いというわけである。
そんな事情も情緒も知ったことではないと、決闘のカウントダウンは0を刻んだ。
「《
決闘が開始されると同時に、食い気味にくるなが二つの魔法を発動した。
くるなの周りに、次々と光魔法、《
「ふーん? それが対策かな?」
「そう! あたしに近づけば一瞬でハチの巣なんだから!」
魔法の内容を自ら明かすくるな。それは自信の表れなのか、はたまた隠しておく利点を知らないだけなのか。
とにかくこれで、オリジナル魔法の効果がなんとなくわかった。
「つまり、私が近くに行くと、発動した魔法が自動的に迎撃する魔法?」
「あんたはとにかく素早い魔法剣士だって聞いたからね! 《
「なるほどねぇ」
ソーナのクラスは《魔法剣士》。魔法も使うことのできる剣士だが、ソーナは自身にバフをかける強化魔法と付与魔法に特化した自己バフ特化の近距離アタッカー。
高速オート迎撃はたしかに、これ以上無いほど有効な手だ。光魔法の発生と攻撃速度の速さを、魔法をかじったソーナは知っている。
バッティングマシンの球を至近距離で投げられるようなものだ。普通ならば対処は難しい。
近づけば迎撃、近づかなければ一方的に魔法を撃てる作戦だった。
「……じゃあ、これはいらないかな」
だがソーナは落ち着いて、左手の紅剣をインベントリに戻した。
せっかく出したものの、完全純魔ビルドを相手に紅い剣は使えない。いや、使わない。銀色の剣だけで十分なのだから。
要は舐めプである。
「剣をしまっちゃって、怖くて近づけないんでしょ~? まあアタシはここから魔法撃っちゃうけどね!」
くるなはどう痛めつけてやろうかとでも言うように意地汚く笑い、短杖を振り上げる。
「時間かけて遊んで、彼氏に情けないとこみせてやる! 《
杖の周りに長い光の矢が生まれ、くるなが振り下ろすと同時にソーナに迫る。
魔法はMPが保つ限り何度でも撃て、おまけに光魔法は速度が速く的に当てやすい。
だからこそ、くるなは余裕の勝利を信じてやまなかった。
――だが、彼女は忘れていた。
いくらチートだ不正だと難癖をつけていようと、相対しているのがトッププレイヤーであることを。そしてその中でも突出した速度を誇るリアルチーター《バケモノ》ということを。
「《ハイライズ・アジリティ》、《ハイライズ・ストレングス》。ついでに《
「…………は?」
ズバンッ!
軽く、しかして強く。
ソーナは緩いかけ声とは似つかない強力な斬撃で、くるなの《
それはもう、熱したナイフでバターを斬るように容易く、当然のことのように。
「んー、七十点?」
とうのソーナは首をかしげながら何でも無かったように今の魔法斬りの採点をしている。
「……は? え? な、なんで魔法斬れるの!? あっわかった、チート! チートなんでしょ!」
呆気にとられていたくるなは、思い出したかのようにチートと叫び始めた。
LFOでは魔法への対処は同じ魔法で防御するか、盾で受けてダメージを減らすのが一般的な方法であり、それでも魔法耐性のある防具でも無ければ完全に防げない。
だからくるなはチートしかないと考え喚きたてるが――
「チートじゃないよ。これはこの
ソーナは右手に持った銀色の剣をヒュンヒュンと鳴らし振り回す。
「この剣は『魔蝕剣:エリクトール』。魔法を斬れて、さらに何かを斬ることで自分のMPを回復できる、ユーガが作ってくれた片手剣だよ」
それは吸収と還元の性質、そして高い魔力を保有するという条件の素材を使い、半分魔法職でありながら魔法を捨てたソーナが魔法を迎撃するためにユーガが作った片手剣。
魔法を斬り、さらに斬った物の
「いや~私が魔法を使ってくる敵に困ってたときにわざわざ作ってくれてさ~。「ソーナが魔法で困らないようにしておいた」って。かっこいいよね~!」
にへら、と表情が緩み惚気るソーナ。
さきほど強化魔法で消費したMPも、すでにエリクトールの能力で回復している。
「そ、そんなの反則じゃん……ズルい! ズルいって!」
「ズルくないよ。誰だって素材とコンセプトを揃えれば似たようなのは作れるし、前線のみんなは当たり前に持ってるからね」
素材さえあれば誰でも作れる。現にある程度攻略したプレイヤーはその素材を手に入れられるし、それを使って武器を作る者もいるのだ。
ただ、高速で飛んでくる光魔法を叩き落とすだけではなく、剣で真っ二つに斬れる人間はソーナくらいなものだが。
「さーて、どうしよっかなー」
くるなの攻撃の対処は分かった。
そのことから余裕が生まれたソーナは首をかしげて悩み始める。
「あ、あんたもあたしには勝てないでしょ! 近づけないんだから!」
「いやいや違うよ。どう勝とうって話じゃなくてさ」
ソーナが悩んでいるのは勝ち方ではない。
そもそも、ソーナのこの決闘へのモチベーションは違うところにあるからだ。
友人たちにまで難癖をつけてくる迷惑配信者であり、なにより恋人のことをバカにした。
気に入らない相手というわけで、つまるところ。
「どうやって泣かせようかなって」
『ユーガを悪く言ったクソビッチを、どうやってボコボコにした後にどう煽ってやろうか』という悩みである。
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