深愛の戦乙女
さっきの言葉を訂正する。今、俺はソーナからめちゃくちゃ逃げたい。
ぐいぐいと引っ張るソーナに、全力で踏ん張って抵抗する俺。だが悲しいかな、リアルでは勝ててもここはゲーム。DEX編重の俺のステータスではSTR編重のソーナには勝てずにずりずりと引きずられている。
嫌な予感を覚えながら、俺は数日ほど前に聞き流していた会話を思い返していた。
「ソーナ? ここはもうすっかり裏路地だぞ? 引き返さないか?」
「ううん大丈夫だよ!? だってすぐそこだから!」
そうだろうな見えてるもんな、なんか怪しげなピンク色の宿屋的な建物が!
リーリャの奥の奥って言ってたなぁたしか!
「ソーナ、冷静になってくれ。そういうのは良くないと思うんだ。第一なんでそんなのがこのゲームにあるんだよ全年齢だろ運営ぇ!」
「一定年齢以上でないと店そのものがないらしいよー? そういうことは当然出来ないし、雰囲気だけなのに、不思議だねー?」
「それだけで問題があるって言ってるようなもんなんだよなァ! 無駄な高等技術使ってんじゃねぇ!」
そんな無駄にレベルの高いおふざけをしないとやってられないようなブラックなのかここの運営は!?
ソーナ……ソラナと付き合って約一年、俺はどちらの彼女にもそういうことはしていない。リアルでも、VRでもだ。
興味がないってわけじゃないが……それ以上に彼女を大事にしたいと言うのと、殺し屋という自分の隠し事に引け目を感じてしまって、なかなか踏み切れないんだ。
ソラナは俺の意思関係なく狙ってくるんだが。なぜだ、普通逆だろ。
そんな誘惑の多い彼女だが、今日はなかなかにやる気らしい。
「よく考えてみようソーナ。結局そういうことはできないんだ。ならあそこに入る意味はないんだ」
「出来なくてもそれなりのスキンシップはできるよね!」
LFOにはハラスメント防止機能がある。異性の体に触り続ければ強制的にペナルティが科せられるものだ。
ただし、これは特定のプレイヤーだけを例外にオフにことが出来る。夫婦やカップルなどはだいたいこれを互いに設定しているし、もちろん俺たちお互いを設定している。
つまり、あんなホテルの中の雰囲気でくんずほぐれずはできるわけで。
「私はそんなところにユーガを連れ込んでニャンニャンしたって実績を作りたいの!」
「トロフィーじゃあるまいしそんな誇らしげに言わないでくれない?」
「そのあとリアルでも家に押し掛けて興奮したユーガとニャンニャンしたい!」
「本音漏れ出てますよソーナさん!?」
この超肉食色ボケアグレッシブ彼女が強すぎる!
「ああもうここでいいや!」
「よくねぇ……ぐはっ!?」
突然引っ張る力を弱めると、ソーナは俺を近くの壁に押し付けてきて、逃がさないように肩を掴んで。
ちょっと違う気がするが、壁ドン……だと!?
「ふへへ……ねえユーガ~。一緒にあそこ入ろうよぉ~」
「ぐっ……!?」
こっ、こいつ! 力ずくは時間がかかると判断して悩殺に切り替えやがった!
やめてくださいソーナさん、胸板に押し付けられたソレは効く!
「はあ、はぁ……ほらほら、正直になろうよ~」
「いやあの、これ絵面的にヤバいから……人に見られたら……」
「大丈夫、関係がわかるだけだよ。それにこんなところ誰も来ないって」
それ男側が言うセリフじゃん。
俺を興奮させるどころか、自分が発情していらっしゃる……!
「えへへ、ユーガ……」
「うぐ……」
逃がさないように首元の襟を掴みながら、ソーナが顔を赤らめて近づけてくる。女性としては長身なソーナと俺の身長差はほとんどない。
だから、キスなんて簡単だ。
逃げ場のない俺は、そのままソーナの唇と――
「お、チーターどもみ~っけ! うっは! こんな真昼間っからサカってやがる! これがトッププレイヤーの自称トッププレイヤー(笑)だってよ!」
「スキャンダルってヤツ? やばいじゃ~ん! これ配信しちゃってるよ~?」
突然、路地の角の方から騒がしい声が聞こえてきた。
見ると、まさに陽キャという印象の茶髪の男と、黄色のツインテールを揺らした女がこっちを見ながらゲラゲラ笑っていた。
そのそばには、ふよふよと浮く黒い球体のようなものが浮かんでいる。
配信者などが自分のプレイを配信するために使う配信カメラだ。カモメは表示をオフにしているから見えなかったが、あのときも周囲のどこかにあっただろう。
いやそれよりも。つまり、この光景を大多数に晒されたということだ……!
……いやまあ、抵抗はあまり無いな。俺たちのカップリングはすでに周知の事実だし。
「へへへ、そのまま奥の宿屋まで行ってもいいんだぜ~? そんときゃ俺たち“スピリッツゲーマーズ”が独占生配信してやるからよ~!」
「や~だ~。こんな奴らのなんて見たくないしぃ!」
「俺たちの方がアツアツだもんな~! でも登録者増えちまうかもな! チーター共が出歩けなくなって登録者増えるんなら万々歳じゃね?」
などなど、下品なヤジやらチーターやらと聞き捨てならないことを言ってくれている――が、正直どうでもいい。
それよりも……目の前の、ハイライトの消えた目を見開いて、無表情で奴らを見つめるソーナの方が怖すぎて、それどころじゃない。
何を思っているのか読み取れないソーナから、殺し屋である俺もビビるほどの殺気がひしひしと放たれている。これを向けられて気付かないのは、おめでたいのか幸いなのか。
むしろ、ソーナをここまでキレさせた彼らに同情しよう。
しばらくの間……夢に出るほど怖い思いをするだろうから。
ところであの、ソーナさん? さっきから襟元を握る手に力が入りすぎて首が締まってるんですよ。離してもらえませんか? あ、ダメ?
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