侯爵令嬢の秘密

 王子との婚約は王妃の策略だった。

 私の秘密の暴露を聞いて、ライラとセシリアは息をのんだ。


「また重い秘密を……」

「でも、こういう機会でもないと話せないし」


 私が苦笑すると、ライラも諦め気味のため息をついた。


「王子様の扱いが何か変だと思ったら……やっぱりそういうことだったのね」

「そんなに態度に出てた?」

「あんな嫌そうな顔で赤薔薇を胸につけてたら、誰だって『何かあるな』くらいは思うわよ」


 あちゃー。


「フィーアは側近だからわかるとして、クリスが驚いてないのは知ってたから?」

「ああ。入学前に元々誰と婚約するつもりか、教えてもらってたんだ」

「ええええ……お、王子様の他にお相手がいたんですか?」


 セシリアがあわあわとうろたえながら尋ねて来た。私はこっくりと頷く。


「うん」

「それなのに……王子様のプロポーズを、受けたんですか?」

「全貴族の目の前で公開プロポーズされて、お断りなんかできるわけないでしょ」

「そんな……」


 セシリアの顔が青ざめる。ライラがずいっと私に顔を寄せた。


「ちなみに、相手が誰だか聞いていい?」

「ここまで言ったら隠してもしょうがないわよね。フランドール・ミセリコルデよ」

「宰相の……!?」


 セシリアがまた息をのむ。


「そう、宰相の息子のフラン」

「宰相家のフラン様っていえば、どこかの領主補佐官になったって聞いたけど……そっか、それがリリィの家だったのね」

「私がハルバードの領主代理をしている間、ずっと支えてくれてたの」

「領主代理と補佐官の関係が、恋愛に発展したのね。うん……なんかしっくりきた。そっちのほうがよっぽどリリィらしいわ」

「王子様以外に好きな人がいるなんて、どこにも公言できないけどねー」

「いいじゃない!」


 ずい、とまたライラが顔を近づけてきた。

 その目はなぜか潤んでいる。


「いいじゃない、恋愛しても! 貴族だからって気持ちを押し込めるなんて変よ」

「お、おう……?」

「好きなら、その人と一緒になればいいのよ。私だって……私……だって……」


 言っているうちに、ライラの目からぼろぼろと涙がこぼれだした。


「私……私ね……元は親戚に押し付けられた縁談だったけど……本当はね……本気で……ケヴィン様のことが、好きだったの……」


 ライラの手元を見ると、カップの中のお酒がすっかりなくなっていた。

 どうやら彼女は泣き上戸だったみたいだ。


「縁談はあんなことになっちゃったし……ケヴィン様が……女の子を好きにならないって……わかってるけど……好きなの……」

「そっか……」

「好き……ケヴィン様ぁ……まだ好きぃぃぃ……」


 よしよし、と背中をなでてあげるうちにも、ライラの涙はどんどんあふれてくる。

 客観的に見て、ケヴィンはとてもいい男だ。あんなに気配りのできるイケメンと婚約して、好きにならずにいられないだろう。

 しかしライラとケヴィンの縁談は暗殺未遂事件になってしまった。ケヴィンがゲイを公表したこともあり、ライラの恋が成就する可能性はゼロだ。状況的に親兄弟にすら想いをうちあけられないだろう。

 これは今、ここでしか吐き出すことのできない気持ちだ。


「好きぃぃぃ……」


 何度か目の『好き』を繰り返したあと、ライラはそのまま絨毯の上に崩れ落ちてしまった。泣きはらした顔で、すうすうと寝息を立て始める。


「寝てしまったか」

「今日の女子会はここで終わりにしたほうがよさそうね」

「私がライラを部屋まで運ぼう」

「私は食器を片付けますね」


 クリスとフィーアがそれぞれに動きだす。


「じゃあ私は部屋に……」

「待って」


 引き揚げようとしたセシリアの手を私は掴んだ。


「もう少しだけ、ふたりで話さない?」

「え……」

「私はまだ、あなたの秘密を聞いてないわ」



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