疲れた時にはイベントだよね
「ただいまぁ~」
セシリアと私はへとへとになりながら特別室のドアを開けた。ディッツの研究室で話しこんでいたせいで、すっかり日が落ちてしまっている。フィーアを連れててよかった。学園の敷地内とはいえ、暗い石造りの廊下をか弱い女の子だけで歩くのは怖い。
「おかえり、ずいぶん遅かったな」
相変わらず、寮ではラフな格好のクリスがひょこっと顔を出す。サロンが騒がしくなったのに気付いたのか、ライラもやってきた。
「下から夕食のワゴンが届いてるけど、どうする? 毒見が必要って言ってたから、食べずに待ってたけど」
「失礼しました。すぐに準備いたします」
フィーアがさっとワゴンに向かっていった。私はふたりに頭をさげる。
「ゴメン! 私のせいで……」
「気にしなくていい。毒見が必要なのは私も同じだ。それに……騎士科で何かあったんだろ?」
クリスが肩をすくめる。
「ちょっと、騎士科でってまさか……」
不穏な空気を察したライラの眉が吊り上がる。
「セシリア、男子にいじめられた? 気が弱そうだからって悪戯されてない?」
「いいいい、いえいえ! 私は大丈夫です! リリィ様がかばってくださってるので!」
「問題は別よ」
私はクリスとライラに騎士科の空気の悪さを説明した。話を聞いたふたりの口から、重いため息がもれる。
「騎士科の様子はヴァンからも聞いていたが……そこまでとは」
「どーにもならないから、ヴァンとケヴィンに丸投げしてきちゃったわ」
「ヴァンが任せろ、と言ったのなら大丈夫だろ」
「……だといいけど」
クリスの言うことはもっともだけど、やっぱり心配になってしまう。
話していると、フィーアがフードワゴンを持ってやってきた。毒見は全て終わっているのか、彼女はいつものてきぱきとした手つきで配膳を始めようとする。
「あ、ちょっと待って」
「なんでしょう?」
それを見たクリスが慌てて止めた。そして私達にむかってにっこり笑う。
「今日は無礼講パーティーにしよう!」
「……はい?」
フィーアはお皿を手に持ったまま、きょとんとする。
「疲れてるときにテーブルマナーを気にしながらごはん食べたら、余計疲れるだろ? たまには絨毯に転がって、思いっきり行儀悪くごはん食べない?」
「ちょ……それ……」
ライラが顔をひきつらせる。床でごはんを食べるなんて、淑女にあるまじき行動である。
でも……
「いいわね、おもしろそう!」
「えええええ? リリィ様!?」
「いいじゃない、どうせこのフロアには私たちしかいないんだから。普段いろいろ見られてる分、羽を伸ばしたってバチは当たらないわ」
「ゆ……床ですよ?」
「やると結構楽しいぞ」
クリスはすでに絨毯の上で胡坐をかいている。
オヌシ、さてはこの行儀悪い食事会に慣れてるな?
「クレイモアのおじい様と、時々こうやって食事をするんだ。体面を気にしてても、肩が凝るばっかりだからさ」
「悪いおじいちゃんだなー」
「それは否定できない」
クリスは楽し気に笑う。
しょうがないお姫様もいたものである。
「セシリア、部屋着に着替えてきましょ」
「え……」
「確かに、くさくさしてたってしょうがないもの。おもしろそうなイベントには全力参加したほうが人生楽しいわ」
彼女が突然無礼講だなんだと言い出した理由は明白だ。
こんな風に思いやってくれる友達の気持ちを、無碍にするわけにはいかない。
それに、日本人だった小夜子の記憶があるぶん、床に座って食べるごはんにそこまで抵抗はないんだよねー。
「あわわ……」
慌てるセシリアの背を押して、私は寝室に向かう。
女同士のディナーイベントとか、絶対楽しいやつだよね!
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