キス

 フランとキスできるか。


 その問いを投げかけられて、私の思考が一瞬止まった。


 この青年と私がキスをする?

 あり得ない。

 そんなこと、私が望んだって、できない。

 なのに可能性を考えただけで、キスが頭から離れない。私を見つめる青年の唇から目がそらせない。

 私が、あの唇に触れるなんて、そんなこと。


 不意にフランの手が私の頬に触れた。


「大丈夫そうだな」


 ゆっくりとフランの体が近づいてくる。

 彼が何を意図しているのか察した私は、慌ててその胸板を押し返した。


「ま、待って! 待って! だめっ!」

「何がだめだ? お前は俺とキスできるんだろう」

「だだだだ、だ、だからだめなんじゃないの! 私は! フランとならキスできるんじゃなくて、フラン以外とキスできないのっ!」


 この世界の運命の女神はどうかしてる。

 なんでこんな運命を運んでくるんだ。


 よりにもよって、好きな人の目の前で、好きだって自覚するなんて。

 しかも気持ちが全部フランに筒抜けだよね?


 何がフランと一緒にハルバード侯爵になりたいだ。

 フランがいたら勇気が出るとか、なんでもできそうな気がするとか、全部フランが好きだからじゃないか!


 だめだ、恥ずかしすぎる。

 地面に穴を掘って埋まりたい。

 こんなのあんまりだ。


 せめてこの部屋からだけでも逃げ出そうとしたら、フランの手が私を抱き寄せた。体ごとフランの腕の中に閉じ込められる。


「それなら問題ない」

「なにが!」

「俺もキスしたい。……お前だけと」


 トンデモ発言に、私の頭がまた一瞬停止した。

 フランが私とキスしたい? それって、それってつまり……。


「フランってロリコン?」


 べしゃっ。


 ふたたびフランが床に崩れ落ちた。

 抱きかかえられたままなので、私も一緒に寝転がる。


「お前という奴は……」


 地の底から響いてくるような、低音ボイスが漏れ聞こえてくる。ゆらりと顔を上げるその姿は暗黒のオーラを纏っていて、まるで墓場から這い出して来た幽霊のようだ。

 やばい、めちゃくちゃ怖い。

 怒らせたの自分だけど。


「何故この状況でその発言になるんだ。俺のことが好きなんだろうが」

「だって、どう見たって私はまだ子供じゃない。私がフランを好きなのはわかるけど、フランが私を好きになる理由がわかんないよ」


 元々、子供を恋愛対象として見られるタイプでもなければ、説明がつかない。


「突然大人の姿になって現れて、俺の頭をひっかきまわしたのはお前だろうが!」


 痛い痛い痛い。

 騎士の本気の握力で頭を掴まないでください。

 頭が割れちゃうから!


「大人? それって、カトラスの闇オークションの時の?」


 そういえば、あの時のフランは様子がおかしかった。

 てっきり私の暴挙に怒ってるんだと思ってたんだけど、私の姿にびっくりしてただけだったの?


「……フラン、もしかしてあの時の私、結構好みだった?」

「……」


 こく、とフランが頷いた。


「実は割と本気で、私のことが好きだったりする?」


 こく、ともう一度頷いたフランはいつもの無表情だったけど、その顔は赤かった。耳もピンク色に染まっている。

 誰かが私に恋をする。

 それどころか、好きな人が私に恋をする。


 そんなの、あり得ないって思っていたけど、あり得るの?!

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