悪役令嬢の楽しい雷実験
「では、魔法の杖を使って実験しましょうか」
フローラに雷魔法を見せてほしいとせがまれた私は、魔道具のステッキを取り出した。赤い蝶をあしらったそれは、何年か前にフランたちにプレゼントしてもらったものだ。
「ちょっとあなた、それをどこから出したの?」
突然出現したステッキに、ライラがぎょっとした顔になる。
「ごめんなさい、手品の種は明かさない主義なの」
スカートの中から出しただけだけど、私は笑ってごまかした。
実は、私のドレスは全部特別製で、スカートのギャザーの間にはステッキを持ち歩くための隠しポケットがついていたりする。しかもこういう仕掛けはひとつじゃない。万が一のための救急魔法薬とか金貨が入るポケットも標準装備だ。特に危険だと感じた時のために、攻撃用の薬品をいれられるドレスだってある。
ふんわり広がった貴族令嬢のスカートって、秘密がたくさん隠せて便利だね!!
伊達に何度も命を狙われてないぞー!
「実験対象は……やっぱり、最初に魔法を見たいと言っていたフローラ様かしら」
私はステッキをフローラに向けた。
「フローラ様、ステッキの先を握ってくださいな」
「こうですか?」
フローラは素直にステッキの先を握りこむ。
「皆様は、私がいいと言うまでフローラ様に触れないでくださいね」
他の3人にお願いしてから私は杖に魔力を込めた。少しずつ雷魔法を発生させていく。
「ふわぁ……?」
しばらくすると、フローラの髪がゆっくりと持ち上がり始めた。重力に逆らって、ふわんふわんに広がっていく。
それを見て、エヴァが首をかしげた。
「どういうことかしら、初めて見る現象だわ」
ライラも不思議そうにフローラの様子を見る。
「風の魔法……じゃないわよね? 空気が全然動いてないもの」
「フローラ、大丈夫?」
ケヴィンが声をかけると、フローラはこくんと肯いた。
「少し、そわそわするけど……大丈夫」
ふははははは、皆さんもうおかわりいただけただろうか!
これぞ秘技! 静電気魔法!!!
現代日本人なら一度は目にしたことがありそうな、静電気の実験だ。
小さな女の子にいきなり雷を落としたら危ないからね!!
「フローラ様、杖を持っていないほうの手を上げてくださいます?」
「こう、ですか……?」
「ありがとうございます。では次にケヴィン様、フローラ様の手にそっと触れてみてください」
「う、うん……」
ケヴィンはおそるおそるフローラに手を伸ばした。ふたりの手が触れようとした瞬間、パチン! と勢いよく火花が散る。
「うわっ!」
「きゃあ!」
ふたりは慌てて飛びのいた。
「ケヴィン様、大丈夫ですか?」
「フローラ、怪我はない?」
エヴァとライラがそれぞれ慌ててふたりに駆け寄った。
「だ、大丈夫……ちょっとピリッとしただけだから」
「びっくりしました……」
フローラは目を丸くして茫然としている。
「今おふたりの間ではじけたのが、雷です。といっても、自然界の落雷に比べたら、ものすごーく小さいものですけど」
「本当に雷が落とせるんだな。すごい技術だ」
「でも、規模が小さすぎない? こんなの役に立つのかしら」
ライラは疑わしそうに私を見る。
「本物の落雷レベルの雷を落としたら人死にが出るから、研究室ではこれくらいの規模で実験しているの」
効果が過小評価されるのは承知の上で、私はそう説明した。
雷は直接人体に作用できる魔法だ。
魔力と術式の理解さえあれば、誰でも人間スタンガンに変身できてしまう。
だから、詳しい使い方を広めるのは、法整備や取り締まり方法が決まってからだ。直接人体に雷が落とせるくせに、わざわざ静電気を使ったのだって、詳しい使い方をごまかすためだし。
もちろん、雷魔法をずっと秘密にするつもりはない。安全で有益な利用方法については、医学の権威ディッツ師匠が段取りしてくれている。何年かしたら、正式な医療技術として広まるだろう。
それまでは、大道芸と思われてるくらいがちょうどいい。
「でも、雷を落とす理屈を理解している、というのは大変なことですわね」
エヴァは私の杖をじっと見た。
ふふふふ、そうでしょう、そうでしょう。
誰も知らない画期的な技術を持つ女の子はどうですか! モーニングスター侯爵家にとってすごく有益だと思いませんか!
私と同じことを思ったらしい、婚約者三人の表情が緊張する。
「その魔法は……」
ケヴィンが口を開いたところで、会場が一斉にざわついた。振り向くと、会場に新たな人物が入ってくるのが見えた。
銀髪のキリっとした初老の貴婦人。モーニングスター家当主、ヘレナ・モーニングスター侯爵だ。
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