お金がない!

「カトラスの問題……そういえば人身売買にオークションに、って犯罪てんこもりだったわね」

「今、オヤジどもの首でどうにかコトを収められねえか、嘆願書作ってるところだ。まあ、認められるかどうかは五分五分ってところか」

「五分なら、まあいけるんじゃない?」


 ダリオが父を捕らえたことで、一応カトラス内でのケジメはついている。その功績を王宮側が評価すれば、カトラスの生き残る可能性があるはずだ。

 だいたい、こんなデカい侯爵家、まともに潰したら国全体が回らないしね。

 サンドロ・カトラス亡きあと、このボロボロ侯爵家を背負える人材って、ダリオくらいしかいないし。


「政治的な問題に加えて、もうひとつ現実的な問題があってな……」

「金か?」


 フランが尋ねると、ダリオはため息交じりに頷いた。


「オヤジの借金がめちゃくちゃなことになってるんだ。闇オークションのアガりをあてにして、返済を待ってたやつらもいる。組織がつぶれたと聞いたら、すぐに金の回収に来るだろう」

「ちなみに、借金の総額はどれくらい?」

「はあ? そんなこと聞いてどうするんだよ!」

「いいから教えてよ。どうせ1年もしないうちに家がつぶれるんなら、恥も外聞もないでしょ?」

「おい、ミセリコルデの。お前ハルバードの令嬢にどういう教育をしてるんだ」

「知らん。こいつは自分で勝手にこうなったんだ」

「ふたりとも失礼ねー。いいからさっさと金額を教えなさいよ」


 ダリオはもう一度ため息をついたあと、指を立てて借金額を示した。


「いちじゅうひゃく……ふむふむ。なるほど、その程度なのね」


 桁を確認してから、私はフランを見上げる。彼も頷き返してくれた。


「わかったわ。借金取りが来たら、私のところにまとめてよこしなさい。その債権、全部ハルバードが買ってあげる」

「……は?」

「聞こえなかったの? ウチが債権を買う、って言ったの」


 元々、この事件に介入すると決めた時点で、カトラスが財政難に陥っているのはわかっていた。事件を収束させるには、組織を壊滅させただけでは足りない。カトラスの財政を立て直して、闇オークションや人身売買に手を出さなくても、運営できるようにする必要があったんだ。

 だから、借金を引き受ける準備くらいしてある。


「カトラスはお金になる商売の多い土地よ。債権者を一本化して、まともな利子で返済計画を立てれば、この程度の借金は返せるはず。いい提案だと思わない?」

「……ガキが天使に化けた?!」

「いちいち失礼ね!」


 債権買ってやらねーぞ?!


「いや、悪い……ちょっと驚きすぎてな」


 ダリオは居住まいを正すと、私に向かって正式な騎士の礼をとった。


「リリアーナ嬢、あなたの救いの手に感謝します」

「カトラスの安定を心から応援するわ」


 淑女の礼で返してあげると、ダリオはぱっと笑顔になった。


「いやマジで助かったわ! こまっしゃくれたガキだと思ったら、やるじゃねーか!」

「そう思うならガキ扱いはやめて」


 もう一回言うけど、債権買ってやらねーぞ。


「じゃあ女扱いすればいいんだな」

「どういう意味よ?」

「王立学園を卒業したらうちに嫁に来いよ」

「はあ?」

「だいぶ生意気だが、頭は回るし、度胸もある。あと、数年たったら体もエロくなるからな。そこそこ楽しい思いをさせてやるぜ?」


 ダリオは笑顔でぽんと私の頭に手を乗せた。

 ここまでのいきさつで、ダリオが悪い人ではないことはわかっている。態度のデカさも、侯爵家嫡男としてはよくある範囲なんだろう。

 でも、なんか腹たつ。

 ぐしゃぐしゃと無遠慮に頭をなでられているうちに、不快感が増していく。


「……だから」


 ぷつん、と何かが、私の中でキレた。


「その下に見る物言いをやめなさい!」


 バチン! と音をたてて、ダリオの手がはじかれた。


「痛ぇ?! なんだこれ!」


 いきなり全力の雷魔法を喰らったら、そりゃー痛いでしょうよ。


「乙女の頭を、軽々しく触るなぁ!!」


 叫びとともに、ダリオの脳天に雷が落ちた。

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