重要なのは過程

「人身売買組織のボスだからって、いきなりカトラス侯を殺すのはダメ」


 私は思考がバイオレンスなフィーアの提案を却下した。厳しい育ちのぶん、フィーアは私たちでは想像もできない悪意の存在を指し示してくれるけど、今回はダメだ。


「何故ですか? 殺せばそれ以上の悪事は不可能になります。一言命じていただければ、証拠を残さずに仕留めてまいりますが」

「フィーアが本気でやればそれくらいはできると思うけどね?」


 フィーアは、完全な黒猫の姿に変化できる、ユニークギフトという能力を持っている。猫の姿で敵の目をかいくぐり、目的の人物だけを殺して帰ってくるくらいは朝飯前だろう。


「突然組織の長が殺されたら、カトラス領が大混乱になると思うよ」

「カトラスは、貿易港の利権だけでなく、ハーティアの海運全体に影響力を持つ家だからな。その当主が突然死亡したら、ハーティア全体が大混乱に陥る」

「ハルバードで言えば、突然父様が殺されたようなものよね」

「確かに……それは歓迎すべき事態ではないですね」


 ハルバードで父様が突然不在になる。そう聞いてフィーアも状況を理解したようだ。


「人身売買を止めるっていう目的も達成し辛いわね。これは個人の犯罪じゃなくて、組織犯罪だもの。末端の構成員までちゃんと掴まえないと、何年か後に別の人間を長とした新しい犯罪組織ができるかもしれない」

「単に殺して終わり、というわけにはいきませんね。ご主人様たちは、どうされるおつもりだったのですか?」

「カトラス家嫡男、ダリオ・カトラスによる告発と粛清よ」

「結局殺すんじゃないですか!」


 フィーアのツッコミに、フランが首を振る。


「結果が同じでも、過程が違う」

「……過程、ですか」

「父親の犯罪を知ったダリオに、関係者を捕縛させて正式に告発させるんだ。他者が犯罪を告発した場合は、カトラス家の失態として家ごと処分を受けるだろう。しかし、告発者が内部の者なら、カトラス家が自らの手で決着をつけた、として問題を家の中でおさめることができる」

「もちろん、身内から犯罪者が出たことに批判は受けるでしょうけど、家がまるごと糾弾されるよりは、ずっとマシなはずよ」

「現カトラス侯を処罰したあとのカトラス運営も、摘発の立役者であるダリオが侯爵となって引き継げば、混乱を最小限に抑えることができるだろう」

「執事の失態を侯爵一家が断罪することで丸く収めた、2年前のハルバードと同じ構図ですね?」

「そういうこと。とはいえ……赤の他人の執事と違って、こっちは侯爵本人が主犯だから、うちよりずっとヤバい状況なんだけど」

「ヤバいからといって、そのままつぶれてもらっては困る。ハーティアの国土で、カトラスの他に海に面しているのは北のモーニングスターだけだ。あんな荒れた海の港だけでは、海運を支えられない」

「ご主人様たちの意図はわかりました。でも……そんなにうまくいくでしょうか?」


 フィーアはかわいらしく首をかしげる。


「何がひっかかってるの?」

「ダリオの行動です。彼がそんなに都合よく、父親を告発してくれるでしょうか?」

「そのあたりは問題ないわ」


 私は断言した。


「彼はこのままだと、父親の告発に失敗して、殺されることになってるから」


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