黒幕は誰だ

「黒幕?」


 攻略本にも書かれていなかった新情報に、私は思わず腰を浮かせた。フランは確信を持って頷く。


「元々、こんな大規模な犯罪の主犯がカトラス候であることに、疑問はあったんだ。カトラス候とは、以前王都で会ったことがあるが……見栄っ張りなところはあるものの、凡庸な男だった」

「……言われてみればそうね」


 私もゲームの中でカトラス候に会ったことがあるけど、その時の印象もフランの感じたものと大差なかった。欲の皮の突っ張った、ただのおじさんだ。こんな大胆な犯罪に手を染めるほどの度胸があるようには見えなくて、違和感があったんだよね。

 単にゲームがクソ設定なだけだと思ってたけど。現実の問題なら、そこに理由と秘密が隠れていてもおかしくない。


「そして、条件的な問題もある。確かにカトラス侯はこの港街で絶大な力を振るう権力者だ。貴族としての格が高いから、金払いのいい上客を掴まえるのも難しくないだろう」

「人間っていうヤバいものを商うには、うってつけのポジションよね」

「だが、この犯罪を成立させるには、ピースがひとつ足りない。『仕入れ』の人脈がないんだ」

「仕入れ……つまり、売りものになる人間を調達する人脈ってこと?」

「ああ。調べてみてわかったんだが、どうも売られている商品の質が高い」

「……質が?」


 フィーアが首をかしげる。私も一緒になって首をかしげた。

 人身売買は人身売買じゃないの?


「人の売り買いの場では、貧困地域から攫って来た一般人を雑役奴隷として扱うことが多い。細かいことを仕込んだり、させたりすることはまれだ」

「隠れて売り買いしている人材だもんね。親身に技能を身につけさせたりしないかあ」

「だが、この組織では、ドワーフの武器職人のような、特殊技能を持った人間を扱っているんだ。このカタログにも、獣人に加えて教育の行き届いた高級娼婦、海外で名をはせた剣闘士が商品として並べられている」


 フランがぱらぱらとページをめくると、そこには華々しい経歴を持つ人間が『商品』として紹介されていた。彼らは優れた技能ごと、人生を売られている。


「言われてみれば変ね……技能のある人間は、だいたい教育される過程で人脈ができるわ。攫われたり、売り飛ばされたりしたら、周りが騒ぐんじゃないの」

「これらの人物の多くは外国人だ。恐らく、海外で有用な人材を誘拐し、カトラスに卸しているんだろう」

「国境……特に海まで越えて身柄を運ばれたら逃げようがないし、家族も行方をたどるのが難しくなる……」


 そうやって、家族や公の捜査機関を振り切った上で、人を売りさばいているのだ。


「こんなこと、ハーティアから外に出たことのないカトラス侯には不可能だ」

「素直に考えれば……きっと、黒幕は外国の有力者なのね」

「人材の出どころはどこか、どの国と手を結んでいるのか、ちょうどそれを調べていたんだが……」

「潜入していた目の前で、私たちが襲われてたってわけね」


 彼の行動は、私たちの命と引き換えだ。フランの調査不足を責めるわけにはいかない。


「正体不明の黒幕かあ……そんなのがいたら、問題解決が難しいわね」

「主犯はカトラス候なんですよね? 犯人がわかっているのなら、消してしまえばいいのでは」

「それはダメー!」


 バイオレンスなフィーアの提案を、私は全力で否定した。


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