カトラスの『特産品』

「地下室に、人が……?」


 その言葉を聞いて、シルヴァンも、彼の護衛3人もぎょっとした顔になる。


「店主に隠れて外部に助けを求めるために、わざとドワーフの言葉で刻印したのでしょう」

「その職人は、何故閉じ込められてるんだ?」

「……多分、人身売買よ。恐らくどこかで誘拐されて、この工房に売られてきたんだわ」


 私が答えると、シルヴァンの顔からさあっと血の気がひいていく。


「あり得ない……人を金で売り買いするなんて!」

「でも、そのあり得ないことを商売にする人たちが、カトラスにいるのよ」


 これが、『子供の私では手が出せないカトラスの問題』だ。


 ハーティア最大の貿易港、カトラス。

 ここでは食料から工業製品まで、多種多様な品物が取引されている。その中でも、ここ数年隠れた目玉商品となっているのが、『人間』だ。

 単純労働を行う雑役奴隷が二束三文で売買される横で、高度な技術を身に着けた職人が高額で取引されている。地下に閉じ込められた彼も、そうやって売り買いされてきたのだろう。


 シルヴァンの反応から解るように、ハーティアでは人身売買が固く禁じられている。国にバレたら、売った者も買った者も全員まとめて死刑だ。だからそんなリスキーな犯罪に手を染める者は少数派だ。

 でも、領地を統括している侯爵家が人身売買の元締めだったら?

 こんなに商売しやすい土地はないだろう。


「ジェイド、本当に地下に人がいるのか、わかる?」


 私が尋ねると、ジェイドはこくりと頷いた。


「地下から数名分の魔力が感じられます。ただ、状況まではわかりませんね。フィーア、音は拾える?」

「やってみるわ」


 感覚の鋭い獣人フィーアがネコミミをぴんとたてた。工房に意識を向ける。


「何か、言い争ってるみたいです。でも細かいことまでは……」

「風の魔法で補助してみよう」


 ジェイドはフィーアに手をかざした。風がフィーアに向かってかすかに流れていく。


「……聞こえるようになりました。店主が職人に武器への魔法付与を命令しています。ですが、作業ができるほど体力が残っていないようです。拒絶して……暴力をふるわれているようですね」

「ボクたちが行って止めてこよう。リオン、お前はカトラスの警備兵を呼んで来てくれ」

「待って」


 護衛騎士のひとりに指示を出し、奥に乗り込んでいこうとするシルヴァンを止める。彼は不満そうに私を振り返った。


「リリィ? どうして止めるんだよ」

「……」


 どう言っていいのかわからず、私は言葉につまる。


 もちろん、私だってカトラスの人身売買を放っておく気はない。

 だけど、それはフランの担当だ。

 大して証拠もないのに、今警備兵を呼びにいって派手に騒いだらどうなるだろう? きっと店主にはごまかされてしまうし、犯罪が明るみに出ることを恐れた関係者は、雲隠れしてしまう。きっと救えない人がたくさん出るだろう。


「地下の職人は、作業もできないほど弱っているんだろう? 見殺しにはできないよ」


 助けを求めている職人に残された時間は少ない。そのことが、問題をより複雑にしていた。


 私だって、死にそうな人を見捨てたいと思ってないよ!

 でも、今この時だって、全員を助けるためにフランが努力してくれてるの!

 彼の仕事を無駄にするような真似もしたくないの!


 ああああもう、自分の頭が所詮凡人止まりなことがうらめしい。

 フランだったらきっと、何かいい手を思い付くに違いないのに。

 でも、この場に彼はいない。


 私は、自分の判断だけでどうにかしなくちゃいけないんだ。


 考えろ。

 私にできるのは、足掻くことだけだ。

 職人の命も、この街の問題も、諦めてしまったらそこで零れ落ちていってしまう。

 考えろ。

 あの腹黒補佐官なら、こんなときどんな裏技を思い付く?


『お前が足掻くのなら、どんなことでも手を貸してやろう』


 大丈夫、私には、諦めなければ手を差し伸べてくれる仲間がいる。


「誰も諦めろとは言ってないわ。正面きってぶつかる以外にも、方法はあるって言ってるの」


 私は腹をくくって顔をあげる。

 やらなくちゃいけないなら、やってやろうじゃないの。


「どういうこと?」

「私にまかせて」


 その結果、フランに迷惑がかかるかもしれないけど、その時はその時だから!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る