願い事ひとつだけ

「お願い、ですか?」


 兄様は不思議そうにフランを見る。


「なに、そんなに無茶を言うつもりはない。来年も1年間、王都にいるお前にならできることだ」

「わかりました。俺は何をすればいいですか?」

「王立学園を掌握しろ」


 はい?


 なんか、悪い笑顔の黒幕がとんでもないこと言い出したぞ?


「生徒を見捨てる学園長など、百害あって一利なしだ。そんな奴は引きずりおろしてしまえ。ついでに学園から不正を愛する王妃派を一掃すればいい」

「フラン、それは無茶ぶりが過ぎるんじゃないの?」

「俺はそうは思わない。3年生の授業のやり直しなど、こいつにとってはたいした負担ではない。派閥内に少なくない味方がいる上、名門ハルバード家の後ろ盾と財力がある。ミセリコルデ宰相家の権力も利用できるだろう。そこまで材料がそろっていて、できない男じゃない」


 いやいやいや、それでも19歳の若造が学園改革するんだよね?

 無理ではないかもしれないけど、絶対大変だよ?


「それにこれはリリィ、お前のためでもあるんだぞ」

「どこが?」

「王妃派と宰相派が争ってるような空気の悪い学校に通いたいか?」

「イヤ」


 学校全体が学級崩壊してるようなところには通いたくない。


「……」


 私たちがやり取りする横で、兄様が大きく息を吐いた。それから、ゆっくりと深呼吸をする。


「わかりました。フラン先輩のお願い、実現させてみせます。どっちにしろ、学園をどうにかしなければ、卒業資格問題がずっと残りますから」


 顔をあげた兄様は、すっきりした表情になっていた。

 今まで落ち込んで暗くなっていた瞳に光が戻っている。


 男同士の友情ってすごいな。

 お前はできる、って無茶ぶりが相手を勇気づけるとか、妹の私にはできない慰め方だ。


「リリィ、お前は何かお願いはないのか」

「え、私?」

「1年迷惑をかけるのは、お前も同じだからな。この際、なんでも好きなものをねだってくれていい。俺にできることならなんでもやるぞ」


 フランのお願いをきいて、私のお願いをきかないのは、不公平ってことらしい。


「えーと、それなら休暇が欲しいわ」

「休みか」

「卒業試験が終わったんだから、兄様はしばらく王都を離れていても平気でしょ? 新学期が始まるまでの2か月間、領主代理を代わってちょうだい」


 元々、兄様が学園を卒業して戻ってきたら、バカンスの名目で他の領地へ行って悲劇を止める予定だったんだ。スケジュールがかなり駆け足になるけど、活動できるタイミングがあるなら、逃したくない。


「学園掌握のために活動する時間が減るが……これは身から出た錆だな。わかった、引き受けよう。お前は好きに遊んでこい」

「やった! フラン、カトラスに行く準備を進めてちょうだい」

「わかった」

「カトラス? 海辺の観光地として有名な場所だが、何しに行くんだ」


 兄様が怪訝な顔になった。私はにっこりと笑い返す。


「お見合い!」


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