悪役令嬢の新たな日常
「フラン、こっちの書類終わったわよー」
11歳の女の子を領主代理に任命する、っていう無茶ぶりから三か月後。私はハルバード城の執務室で必死に仕事をこなしていた。
父様と兄様はもうこの城にはいない。ミセリコルデ宰相とともに、騒動の後始末を付けるために王都に行ってしまった。今、この城にいるのは私と、補佐官として残されたフランだけだ。
「上申書の承認は完了、経理は担当の者に明日処理させればいいから……今日の業務はこれで終わりだな」
「やったあ~~……」
フランの業務終了宣言を受けた私は、羽ペンを放り出して机につっぷした。
「や、やっと寝られる……」
「よく頑張ったな」
私の行儀の悪さを咎めるでもなく、フランが頭をなでてくれる。されるがままになでなでを堪能しながら私はぼやいた。
「しょうがないじゃない……フランも使用人も、みんな頑張ってくれてるのに一人だけさぼれないもん……」
ハルバードを守るため、私がたったひとりで城に残ることになった、と聞いた古参の使用人たちは、お嬢様をお守りせねば! とびっくりするくらい奮起してくれた。その熱意は新しくやってきた使用人にも伝わったらしく、来る人来る人「なんてけなげなお嬢様だ!」と熱心に働いてくれる。
熱は熱を呼び……今やハルバード城は働き者の巣窟である。
そんな中で、神輿に担がれている私が『疲れたから休みたい』なんておいそれと口にできない。
「だが、過密スケジュールは今日で終わりだ。人材がそろって、余裕のあるシフトが組めるようになったからな。使用人たちでできる仕事を、わざわざお前がやる必要はない」
「……ってことは、朝イチの計算地獄はナシ?」
「なしだ」
「ランチしながらの経理チェックもナシ?」
「なしだ。それから、食事休憩の時間はちゃんと確保する」
「夜……もっと早く寝ていい? 毎日」
「起床時間も1時間遅れていい」
「やったあああああ………」
宰相閣下、人を送ってくれてありがとう!
やっと人間らしい生活ができるよ!!
余裕のある暮らしバンザイ!
領地の運営がヤバいときに、つらいとか言ってられないのはわかってるけど、根性論で仕事をこなすのはブラック企業のやることだ。短期的にはなんとか回っても、長期的には破綻する。
今はやる気になってくれてる使用人たちの熱も、いつか冷める。
その前にまともな運営体制を整えることができてよかった。
「頑張ったご褒美に、明日は丸一日オフにしておいた。好きなようにごろごろしていていいぞ」
「マジで?! あああああ……絶対朝寝坊してやるぅぅ……」
まだ机に上半身を投げ出したまま、うなっている私のところに、ふわんといい匂いがただよってきた。
おや……? これはもしかして、私の大好物のジャム入り焼き菓子では……?
「もうひとつのご褒美だ。焼き菓子とお茶で打ち上げしないか?」
「する!」
執務中の休憩場所として使っているソファセットのテーブルに、フランがお菓子を並べてくれる。私は嬉々としてソファに座ると、早速お菓子に手を伸ばした。
夜中のお菓子が体に悪いのはわかってるけど、お仕事頑張った今日くらいはいいよね?
お菓子をかじっていると、目の前にフランのいれたお茶が置かれる。
ジェイドのいれたお茶もいいけど、フランのお茶もおいしいんだよね。
「おいしい……」
「喜んでいるようで何よりだ」
フランは苦笑しながら私の隣に座る。彼も優雅な手つきでお茶を口に運んだ。
「私にお休みくれるのはいいけどさ、フランもちゃんと休んでよ? 補佐官のあなたが倒れても、仕事が回らないんだからね」
凡人の私と違って、本物の有能補佐官フランは、私の十倍以上の仕事を抱えている。当然、仕事時間も多いわけで。彼は私以上に寝てないはずだ。
「ちゃんと体調管理はしている。……が、気持ちは受け取っておこう」
「そういう事言う人が、ある日突然倒れたりするんだからね」
「使用人のこともそうだが、お前はずいぶん優しい気遣いをするな」
フランが珍しく口もとを緩ませる。
こらぁああああ! 普段悪の黒幕みたいな笑いしかしない奴が、いきなりデレるな!
どう反応していいかわかんなくなるだろ!
「ひ、人として当然のことよ!」
「とても、あのお茶会で会った少女と同一人物とは思えないな」
「は」
今、なんて言った?
「お前はお茶会で反省した、と言っていたが、俺はまだ納得していない」
ぎし、とソファが鳴った。
隣に座っていたフランが、いつの間にかティーカップを置いて、その手で私をソファに囲い込んだからだ。
壁ドンならぬ、ソファドンだ。
「リリアーナ、お前の行動が変わったのは、それだけか?」
あれ?
なんだこのデジャブ!!!
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