仲の良い兄妹

 方針が決まった後の兄の行動は早かった。

 朝家族会議をした後、バタバタと準備を始めたと思ったら、夕方には私たちふたりは馬車に乗せられていた。騎士たちが左右を守る中、私たちはごとごととハルバード領に向かって運ばれていく。


「ねえ兄様、もしかして領地に帰ることになるって予想してた?」


 そうでもなければ、この手際のよさは説明がつかない。


「学園に通えなくなったあたりから、少し……な。王都にいても、未成年の俺じゃできることが限られていたし」

「そっか……慌ててたのは私だけか」


 私は馬車のシートの上で膝を抱えた。


 運命の女神に導かれて、異世界転生。

 ラノベではその先にサクセスストーリーが待っている。

 でも、私のやったことはどうだろう?

 家族をまとめるために両親をダイエットさせたはずなのに、その結果は領地をまたいだ別居だ。

 これが、人の運命を軽々しく変えようとした代償なのだろうか。

 だとしたら、私のやってることって何なんだろう。


「何を落ち込んでるんだ? 実は、お茶会デビューがしたかったのか」

「そうじゃないわよ。今回の騒動のそもそもの原因って、私が父様と母様をダイエットさせたせいじゃない? あんなことさせなきゃよかったのかな……って、ちょっと思っただけ」

「痩せたのは、あの人たちの判断だ。お前に責任はないだろ」

「……でも」


 きっかけを作ったのは自分だ。

 そして、何もしなかった場合の穏やかな生活を知っている。


「お前が俺たちにさんざん言ったことだろう。バカな連中のバカな行動に責任を感じる必要はない。相手が美しかろうが何だろうが、悪意を持って接してくる奴が一番悪いんだ」

「……うん」


 兄様の言っていることは、わかる。頭ではちゃんと理解している。

 でも、心が、感情が落ち着いてくれない。

 もっと別の方法があったんじゃないか? もっと別の運命があったんじゃないか?

 そう思うことがやめられない。

 今自分が生きているこの世界は現実だ。乙女ゲームじゃない。

 セーブした場所に戻って、もう一度選択肢を選び直すことはできない。

 自分の決断は自分で受け入れて、その上で行動していくしかないのだ。だからこそ、失敗できなかったというのに。


 私がじっと黙っていると、兄様がぽつりとつぶやいた。


「俺は……家族が嫌いだったんだよな」

「……あ、それは」

「知ってた、って顔だな。まあ隠そうともしなかったしな。ブクブク太って、仕事もしない無能な親に、ワガママしか言わない面倒な妹、そう思ってたよ。だから、3人がいきなり変わったのを見た時には驚いたよ」


 あの時は、『してやったり!』って、めちゃくちゃ得意になってたんだよなー。全部うまくいく、って無責任に思い込んでた自分が恥ずかしい。


「その上、家には人が群がってくるし、学校には不審者が入り込んで、関係ない俺まで叱られるし。一年前からずっと、俺の生活は乱されっぱなしだ」

「ご、ごめんなさい……」

「でも……悪いことばっかりじゃなかった、と思ってる」

「そうなの?」

「バカだとばかり思って見下してた両親の本当の姿が見れたからな」


 私は兄の顔をまじまじと見た。私と同じ赤い瞳はおだやかに私を見てる。嘘をついている様子ではなさそうだ。


「去年までの俺は、家族に絶望していた。勉強を言い訳にして学園にしがみついて……トラブルがなかったら、家族の本質を見ようともせずに、そのまま領地から出奔していたと思う」

「……そうかもね」


 実際、兄が出ていく光景はゲームの中で何度も見た。彼がいなくなったあとのハルバード領は、どんな選択をしても焼け野原になっている。


「そう沈んだ顔をするなよ。あのままだったら、って言っただろ?」

「今は、そうじゃない?」

「ああ。家族を守るために必死になっている父様たちを見てしまったら、もう見捨てたりはできないよ」


 私は、隣に座る兄様の服の袖をぎゅっと握った。


「じゃ、じゃあ、兄様は……もう私たちのこと、嫌じゃない?」

「嫌じゃない」

「どこにも行かない?」

「ああ。大事な妹を守らなくちゃいけないのに、家を出たりしてられないよ」

「……そっか」


 兄様が私の頭をなでてくれた。じんわりとした温かさが、私の胸の不安を取り除いてくれる。

 私たちは、仲のいい兄妹のように手を握って身を寄せ合った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る