炙り出された悪意

 おもしろいものを見せてやろう。

 そう言って、ディッツが呼び止めたメイドは大きな銀のトレイを運んでいるところだった。その上には、色とりどりの封筒が、何十通も積まれて山のようになっている。


「あ、あの……これは、旦那様たちにお渡しするお手紙なんですが……」

「それをそのまま侯爵様たちに渡したらまずいから、言ってるんだ。ちょっとそいつを調べさせてもらいたい」

「ええ……」


 メイドは困惑して後ずさった。

 そりゃそーだ。

 いきなりやってきたちょい悪イケメンに無茶ぶりされて、はいそうですかと頷くような人はうちに雇われていない。


「私が命令するわ。そのトレイをディッツに渡して」

「……はい」


 屋敷の最高権力者のひとりである私が口をはさむと、メイドは不承不承頷く。


「でも、手紙がいつまでたっても届かないと困るわよね。私たちに手紙を渡したことをクライヴに報告しておいてちょうだい」

「わかりました」

「あ、ついでに、人数分のお茶をこっちに持ってくるよう、伝えておいてくれ」

「ディッツ、あんた図々しいわよ」

「でもお茶は飲みたいだろ?」

「否定はしないけどね……」


 言っている間に、メイドは踵を返して去っていった。クライヴあたりに指示をあおぎに行ったのだろう。


「それで、どんな魔法を見せてくれるんです?」


 兄がディッツを見ると、奴はにやりと笑った。


「悪意のあぶり出しだ」


 彼は懐から銀色のチョークを出すと、その場にしゃがみこんだ。メイドたちがぴかぴかに磨いた大理石の床に、魔法陣を書き始める。


「ん……これは、呪術系の魔法……?」


 ディッツが描く魔法陣を見ながら、兄がつぶやく。


「兄様、この魔法陣わかるの?」

「外側の基礎式だけならなんとか。でも、中央の式は、象徴化されすぎて何が書いてあるのか、わからないな」

「その辺りは、一見して真似できないよう、ブラックボックス化してますからね……と、できた」


 よくわからない術式がびっちりと書かれた、直系1メートルほどの魔法陣を完成させ、ディッツは腰をあげた。何をするつもりのものなのか、基礎魔法くらいしか習っていない私には、さっぱりわからない。


「ジェイド、起動よろしく」

「はーい」


 ジェイドが手をあてると、魔法陣が白い光を放ち始めた。

 その様子を確認すると、ディッツはトレイの中にあった手紙を一通、ポイっと中に放り込む。

 途端に魔法陣の光はオレンジに色を変えた。


「ちょっと、何やってんの」

「言っただろ、悪意のあぶり出しだって。うーん、この色は中に刃物が入ってるな」

「はあ?!」


 驚く私の目の前で、ディッツは次々に手紙をチェックし始める。


「これはシロ、シロ、シロ……こいつは刃物入り。お嬢、危ないから触るなよー」

「言われなくても触らないわよ」

「今度は魔法陣が紫色になりましたよ、賢者殿。これは何を意味しているんですか?」

「薬物入りですねえ」

「手紙に、薬物?」

「結構よく見る手口ですよ。においを嗅いだり、触ったりしただけで、人体に影響が出る毒は結構ありますから」

「ちょっと、今度は魔法陣が赤くなってるわよ! これは一体何なの!」

「それは呪いがかかってる手紙だな。開けた瞬間、顔がただれるぞ」

「嫌―! 何てもの送ってきてるのよー!」

「坊ちゃま、お嬢様、何をされているのですか」


 メイドの報告を受けたらしい、クライヴがやってきた。その手には律儀にも人数分のお茶が乗せられている。


「東の賢者殿に魔法の臨時講義をしていただいていた。父様たちに届いた手紙のうち、こっちの束は刃物入り、そっちは薬物入り、だそうだ」

「なんですって……?」


 さあっと執事の顔色が変わる。


「あと、こっちの5通は呪いつきだ」

「手紙の半分が、悪意のある仕掛け付きってどうなのよ」


 うちの両親、人気があるんじゃないの?

 なんでこんな嫌がらせをされてるの!

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