悪役令嬢は魔法使いに弟子入りしたい
家庭教師選びは慎重に
兄様との賭けに勝った午後、私たち一家は談話室でお茶をすることになった。
家族の崩壊はなんとか防げたような、そうでもないような。
仲直りしたよ! と断言できないのは、兄様の態度がまだよそよそしいからだ。今も、談話室の端のソファに陣取って、本に目を落としている。まあ、お茶の時間に談話室に来てくれるくらいには、歩み寄ってくれてるんだけどね。
うーん、これはどうしたものか。
やっぱりここは、私のほうからもう一歩、兄様に寄り添ったほうがいいよね。
私は暖炉の近くに座る両親から離れると、兄様のそばまでとことこと歩いていく。
「兄様、暖炉のそばに行きましょ、そっちのほうがあったかいわよ?」
「いや、俺はここでいい」
「でも……」
「本当にここでいいんだ。正直……父様も母様も変わりすぎてて、まだ慣れない。落ち着くまでそっとしておいてくれ」
「あー……」
ダイエット中ずっと顔を合わせていた私と違って、兄様がふたりに会うのは半年ぶりだ。長年慣れ親しんできたマシュマロ両親がいきなり別人レベルでビフォーアフターしてたら、混乱するよね。
兄が家族から離れないよう、両親を改革したんだけど、改革成功したらしたで、別の溝ができるとは。人間関係って難しい。
まあ、ここで引いちゃったら、いつまでたっても仲良くなれないから引かないけど。
「魔法を教えてくれる約束はどうなったの?」
「そういえば、もともとそういう話だったか」
「私、ちゃんとお勉強したんだから。兄様も私に魔法を教えてよ」
「わかった。お前の努力にはちゃんと報いる。お茶の時間が終わったら、俺の部屋に行こう。王立学校に入学する前に使っていた教科書がまだ残っているはずだ」
「やった!」
兄様と一緒にお勉強イベント!
親密度を上げまくってやるぜ!!
「しかし、俺が冬至の休暇でここにいられるのは、長くて数日だ。本格的に魔法を学ぶなら、家庭教師を手配したほうがいいだろうな」
「それなら、もう候補を探させているよ」
母様との話に夢中になっているとばかり思っていた父様が、口をはさんだ。
「候補? 俺の家庭教師だったラヴェンダー先生に、またお願いするんじゃないんですか」
「もちろん、最初はそのつもりだったんだけどね。去年腰を痛めてしまって、教師は引退するそうだ。だからリリィの魔法の先生は新しく探す必要がある。……クライヴ」
父様が声をかけると、執事のクライヴがすっと紙束を差し出した。
「家庭教師候補の方々の資料にございます」
「見せて見せて!」
「旦那様、よろしいのですか?」
「渡してやってくれ。魔法使いとして優秀なのは当然として、リリィが気に入る先生じゃないとね」
受け取った紙束には名前や似顔絵のほか、出身、家族構成、経歴、雇用条件などが細かく書き連ねられている。あれ? 一応雇う側だけど、こんな詳しい資料を私が見ていいんだろうか。個人情報保護法とか……は、ファンタジー世界には存在しないから関係ないのか。
興味を引かれたのか、兄様も本を置いて私の手元を覗き込んでくる。私たちは一緒になって履歴書のページをめくった。
侯爵家の求人ということもあり、先生候補たちの経歴は豪華だった。元王立学校魔法学教師、元第二師団戦略魔法部隊作戦隊長、魔術研究コンクール最高金賞受賞者……。
「アルヴィン、気になる人物はいたかい?」
「うーん、3ページ目のソフィア先生はちょっと。去年王立学校で特別講座を受講しましたが、少しクセのある方なので、リリィには合わないでしょう」
「こっちは……東の賢者と名高いディッツ・スコルピオじゃないか。よく依頼を受けてくれたな」
「他でもないお嬢様を指導する方ですからね。ハルバード家の人脈をフルに使わせていただきました」
クライヴを交えて兄と父が真っ当な相談をしている横で、私は別の視点から注意深く履歴書をチェックしていた。
この中に、攻略対象に関係する人物はいないだろうか。
小夜子がプレイしていたのは世界救済のシミュレーションを目的とした乙女ゲームだ。その中で攻略対象として出てきた人物はつまり、救国のキーパーソンだ。
家庭教師選びは、まだ領地から出られない私にとって、外部と接点を持てる数少ないチャンス。なんとかして、新しいつながりを作っておきたい。
(この人は王立学校の関係者だから、魔術師キャラとの接点に使える? でも、私たちが入学するのは7年も先だしなあ。第二師団関係者も、あんまり出てこなかったはずだし……)
パラパラと書類をめくっていた私は、最後の1枚で手を止めた。
名前と、雇用条件を確認する。
「これだ……」
「リリィ?」
「お父様、私この人がいい!」
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