第282話 優しくフッて欲しい相手だった(友人同士。恋愛相談)

 昼下がりのショッピングモール。フードコートにて。

「はあ? 彼氏と別れたい?」

「そう」

 家族や恋人、友人同士の賑わいの中で、私たちは真剣な顔で向き合っていた。

 二人の目の前には、食べ終えたクレープの包みと、汗をかいたコーラの紙カップ。

 大学の試験期間は長い。長いけれど、終えちゃえばもうあとは夏休みの前哨戦だ。

 私たち二人は、運良く初めの週にすべての試験が終わっていた(まあその代わり、先週は死にかけたのだが)。

 だから、今日はそのお祝いも兼ねてここへ遊びに来た……のだけれども。

「なので、何かいい言い訳ない?」

「どうした、初彼氏が出来たーって浮かれてたんと違うんかい」

「それなんだけどね……」

 よくある可愛い大学デビューかと思ったのだが。

 小学校から一緒(流石に学科は違うけれども)の友人の大学デビューは、何だかこちらも照れくさいような不思議な嬉しさがあった。

「彼氏の方も、初カノなわけよ、こっちが」

「ふむふむ?」

「だから、こう、まあ、お互い様かも知れないんだけど」

「ふむ?」

「相手っていうより……『彼女』なのよ、求めてるものが」

「どゆこと?」

「だから、『私』じゃなくて、『理想の彼女』と歩いてたい、みたいな?」

「あー……」

 言いたいことは何となくわかった。

「向こうが先輩なんだけどさ、言うわけよ。『そんなことして欲しくないな』『こうして欲しいな』みたいなの」

 先輩のお願いは、例え彼氏彼女という対等の関係になったとしても、命令や指示に近く聞こえてしまうから厄介だ。

「初めは、こっちも何か、コスプレ感覚で面白がってやってたんだけど、途中から『おや、これは何か違うぞ?』ってなってなあ……」

 そうそう、こういうちょっと女性らしくない口癖も眉を潜められたなあ。

 友人は遠い目をする。

 『わ』『よ』『なぁ』などの語尾は、女性言葉っぽくもあるが、イントネーションや使い方で、中性的にも男性的にもなるし、何なら関西だったらおっさんくさくなるまである。

 その違いだろう。

「麦ちゃんにその口調は合わないと思うってね……」

「いや、アンタずっとそんな口調じゃん」

「だよね」

 聞けば他にも、『ショートパンツよりもスカートの方が良くない?』『スカートの丈は長い方が可愛いよ』『そんなにぐいぐい先に行かないで』『ツッコミ、鋭すぎ』エトセトラエトセトラ。

「それもう、アンタじゃないだろ」

「それな」

 動きやすいパンツ姿で。興味のある方へ目を輝かせて進んでいく。鋭く的確なツッコミのタイミングの素晴らしさ。

 それが、この子だ。

「あと、話題提供はそっちでしょと言わんばかりの態度なのに、いくらこっちが話を振っても乗って来ないのきついっていうか……『何か面白いこと言って』からの『あんまり面白くないね』コンボを延々繰り返すのって辛すぎだわ。芸人さんへのリスペクトが今超チョー跳ね上がってる。てか、ラリー続く話が、基本的に向こうの愚痴聞きって単純に会話がキツい。しかもその愚痴聞きも、こっちが水向けなきゃだし」

「別れた方がいいな、絶対」

 それは恋人とか男女とか友人とか関係なく、もはや人として地雷なんだよなぁ……。

「『思ってたのと違いました、さようなら』でいいんじゃない?」

「それがさぁ」

 どうも件の奴は、その手の言葉が地雷らしい。

 こっちとしては、お前が地雷だよと言いたいが。

「何でも昔、友人に『お前、いい奴っぽい顔してるけど全然違うよな。無理』って言われて絶交されたんだそうで」

「うーん。やっぱり友人関係でも似たようなことやらかしてたか……」

「それがいかに自分を傷付けたかってのをとうとうと語られてなあ……」

 同じことをしたら、どう逆ギレするかわかったものじゃないなと、会ったことも無い私ですら感じてしまう。

「『お互いに理想の恋人像が違うと思います』『別れましょう』で、いいんじゃない?」

 そいつ自身ではなく、それぞれの思う理想が違うということにすれば。

「すり合わせていこう、で終わりそう……」

「しかもそのすり合わせは、『君が僕に寄せること』しか入って無さそう」

「それな」

 というか多分、聞いている限り、己に非がある状態では決して別れたくないのだろう。

 この子の欠点ゆえに別れた、みたいにしたいのだろう。もし別れるとしたら。

 それでしかありえないくらいには、無意識下で思っていそうだ。

 二人で散々考えた結果、「バイトと学業の両立だけでも四苦八苦してるので、恋愛に割く余裕がありません」を理由にすることにした。

 友人が、最近バイトを始めたからこそ使えるネタだ。新鮮なうちに使いたい。

 ちなみに、この結論に至るまで、両隣は三回変わった。

 窓の外は、夕暮れ色から夜色に移り始めている。

「『恋人より仕事を取るなんて』だとか、『仕事に負けて傷付いた』とか言われそうだけどな……そしてそこから怒涛の責め言葉が続く……」

「そこはまあ、耐えるしかないんだろうな……」

 こんなことでがんばれなんて言いたかないが、がんばってもらうしかない。

「ま、お互いに傷付くわけだしね」

「大人だなあ」

 相手の非難が来るだろうことに対して、私はそこまではっきりと構えられるか自信が無い。

「それなのに、何でそんな男に告ったん……」

「単純に見る目が無かったんだろうね。……それと」

「それと?」

 思ったんだけどね、と友人が困り顔で言った。

「たぶん私、付き合いたいって思って無かったんじゃないかって、今は思うんだよ」

「ふむ?」

「こう、優しくフラれたい的な」

「ほう……?」

「告るけど、優しくフラれて、けれどその後も距離感変わらず、いい先輩後輩のままでいてくれて、『ああ、いい片想いだったな』ってなる感じを、無意識に夢見てたんだろうなって」

「お前なあ……」

 どんだけ夢見てんだよ、とツッコめば、「自分でもそう思う」と神妙な顔で頷かれた。

「これからは理想のフラれを目指して告るのはやめることにする」

「そうしな。本当に付き合っても良いなって人にだけ告りな」

 しかも、その点で言ってもまったく理想とは違うのだから。

「とりあえず、明日にでも決行するわ」

「愚痴ならいつでも聞くからな」

「よろ。……まあ、勉強代だと思ってがんばるわ」

 新しく買い直したクレープで、私たちは乾杯した。

 武運を、祈る。


 END.


 今まで聞いて来た友人たちの『ちょっと辛い彼氏』たちを全部混ぜて(言ってる内容なんかは変えてます、もちろん)みたら、なかなかどうして、しんどい人になってしまった。

 「この人のこと恋愛として好きだけど、付き合いたいってわけじゃないんだよな」的なの、意外と持ってる人いるんじゃないかなと思う。

 ちなみにフードコートはこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139557440058345)のフードコート。

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