第264話 今日はあったかドリンクを飲んで帰る(社会人女性。友情片想い?)
「あー……」
会社。自販機前の休憩スペースで。
私は、特に飲み物も買わず、だらりと座り込んでいた。
サボりではない。終業時間は五分前だ。ちゃんと今日の仕事も終わらせた。
それならとっとと帰れよという話なのだが、足が動かない。
けれど、自分のデスクに居たいわけでもなく……というか、誰かがいる空間に居たいわけでは無かったので、ここに居る。
休憩スペースは二つあり、みんな事務所側、給湯室横のスペースに行く。
このトイレの横は、トイレ横という立地もあってか、あまり立ち寄らない。
だから、私はここを気に入っている。
「あー……」
窓から見える景色は、真向かいのビルだけで何の面白味も無い。
ぶぅん……と低く唸る自販機の音だけが、私の耳に届いた。
遠くの方で笑い声。
たぶん、これから帰る人の声だ。同僚だか先輩だかと楽しげに話して、エレベーターを待っている。
「……」
いいなあ、とは、思わない。
けれど。
(あー……)
ずっと自分は、このままなのかなあと思うと、それはそれで気が滅入るときがある。
ひとりは好きだ。
自由気ままで、罵られることも、嘲られることもなく。
私の心は脅かされない。
何て平和。
居心地が好い。
それでも。
ごくごくたまに、思うことがある。
(私、このまま誰とも喜びを分かち合ったりしないのかなあ)
そう思うと、いきなり急な坂を転げ落ちるみたいにして、心が底の方へと転落する。
(誰にも気にかけられることも無く。心配されることも無く。ただただ生きていくのかな)
それが、気ままの代償だとわかっていても、たまに思う。
(私も、『私』が脅かされることなく、気楽に笑える人との交流が欲しいなあ)
マウントを取られることも、クスクス嗤われることもない。
そんな平和な関係性を持てたら、どれだけ倖せか。
(……期待するだけ無駄だから、諦めてるけどねぇ)
そして、諦める度に、心の見えない部分がすり減っていく音がする。
(ああ)
ぼんやり窓の外を眺める。
(消えたいなあ……)
別に、死にたいわけじゃない。
どちらかと言えば死にたくない。
けれど、このまま誰にも歯牙にもかけられることなく、心から気にかけられることも無く生きていくことを思えば、生きていたいとも思えなくて。
だから。
(消えたい)
生きたいけど、このままだと嫌で、けれどもう疲れ切っていて、だから。
普段の気ままで気楽な楽しい気持ちが、今夜はなかなか戻って来てくれない。
(どう……しようかなあ……)
何の希望も無く、素敵な予定も何故か思い出せなくて、
私、は。
「
ハッとして、声の方をふり返った。
そこには、海野さんが居た。
「お疲れ様」
「お疲れ様。……買い物帰り?」
「残業決定なんで、少しでも気分が上がるものをと思って」
海野さんがぶら下げているのは、近所の台湾スイーツ店のビニール袋だった。
「そうだ。良かったら、これ貰ってくれないかな……?」
ビニール袋から取り出したのは、ホットのドリンクだ。
「それは?」
「店員さんが、オーダー間違えて出しちゃったタロイモラテ。どうしますかって聞かれて、貰ってきちゃった」
そのあと作り直してもらったドリンク共々、受け取ったらしい。
「けど、よくよく考えたら、普通のドリンク飲むので精いっぱいだから、きっと飲めないだろう思って」
「海野さんがいいなら、もらうよ」
「わー、ありがとう。助かる!」
手渡されたドリンクを受け取ると、ほのかにまだ温かかった。
「日南さんも残業?」
「ううん。もう帰るところだけど、疲れすぎて、休憩してた」
ふと気付くと、どん底の気持ちが、ほんの少し上向きになっていた。
うずくまっていたところから、立ち上がるくらいのものだけど。
「あるよね。そういうとき。早く帰りたいのに、動けないこと」
「そうなんだ」
「無理、しないでね」
これもあげる、と海野さんは、おそらくスイーツ店が無料で配っているのだろうお菓子……ビスケットみたいなもの……も、手渡してくれた。
「いいの?」
「うん。私、食べたことあるから」
じゃあ、遠慮なくと言うと、何故か海野さんが嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ」
「うん。……そっちも、無理しないで」
「うん。ありがとう」
ひらひらと手を振って、事務所の方に戻っていく後ろ姿を見ていると。
「……よし」
ドリンクの温もりを感じていると、とりあえず、動こうという気持ちが湧いて来た。
歩いて、荷物を取って、帰ろう。
温かなドリンクを飲みながら。
それで、部屋でお気に入りに囲まれてゆっくり過ごそう。
そうしたいって、思う気持ちが戻って来た。
「甘い」
ひと口飲んだタロイモラテは、ほの甘く、けれど柔らかな甘さで。
心が、ほっこり綻んだ。
END.
こちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556578684002)日南さんバージョン。
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