第262話 クッキーとポストカード(社会人女性。友情片想い?)


日南ひなみさん。これ、良かったら」

 ぽす、と手渡されたのは、クッキーだった。

 可愛い手作りのラッピング袋に入っている。ということは。

「手作り?」

「そう。昨日、ふと思い立って作ったら、思いのほか夢中になっちゃって」

 大量に作ってしまった……らしい。

 クッキーをくれた人をもう一度見上げる。

 同期の海野さん。

 小首を傾げると、いつものポニーテイルがさらりと揺れる。

 優しそうな目が、微笑むとよりふわりと柔和な印象になる。

 部署が違うから、同期と言えどそこまで関わりは無い。

 けど、その優しげな印象通りの柔らかな口調が、私はとても好ましいと思っている。

「ありがとう。お昼ご飯のあと食べるね」

「うん」

 海野さんが、ほっとしたように目元をより綻ばせた。

 いいなあ。こちらまで、何だかほっこりとしてしまう。

「何か、お礼を渡せたらいいのだけど」

「そんな、お礼なんて」

 椅子にかけてあるバッグを漁ってみるも、今日に限って小さなお菓子ひとつ入っていない。

 入っていたのは、

「ポストカードくらい……だなあ」

 このあいだ行った展示会のポストカードブックだった。

 今日、机に飾るカードを新調しようと思って、持って来たもの。

「美術展に行って来たの?」

「うん。この間の休みにね。……良かったら、どれかいる?」

 たぶん、興味無い人には不要なものだろうから、「いいよいいよー」と言われるとは思ったけど。

 気持ちだけ。

 あとで、お菓子でも買って渡すかな、と思っていたら。

「え、いいの?」

 海野さんが、目を丸くして言った。

「大切なものなんじゃ……?」

 今度は、私が目を丸くした。

「まあ、好きだけど……これ、友だちにあげようと思って余分に買ったやつなんだ。でも友だちは、別口から手に入れちゃったから。自分用に買ったやつを保存用にして、とりあえずこっちを使ってるんだ」

 だから全然かまわないよ、と伝えつつ、驚いた。

 海野さんが、ポストカードに興味を示したことも。

 そしてそれを、大切なもの、と言ってくれたことも。

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 見ても良い? と聞かれたので、私はそれを手渡した。

 ……ちなみに友人と言ったけれど、実際はTwitterのフォロワーさんだ。まあ、美術仲間も、広義で言えば友だちだろうと思う。

「これ、いいかな?」

「うん。いいよ。そのまま、切り取っちゃって」

「ありがとう」

 慎重に、丁寧に、海野さんはそのポストカードを切り取った。

「モネ、で合ってる?」

「うん。綺麗だよね」

「うん! まるで、夢の風景みたいで」

 うっとりとした口調で、海野さんは言った。

「すてき」

「!」

 私は、ハッと息を呑んだ。

「それじゃあ。本当にありがとう」

「うん。こちらこそ。ありがとうね」

 るんるん、という文字が背景に見えるような足取りで、海野さんが自分の席へ戻っていく。

 私は、その嬉しそうな後ろ姿やうっとりとしたさっきの口調に。

(……嬉しいなあ)

 じわじわと幸福感を覚えていた。

 きっと、このクッキーはとても美味しく食べることが出来る。

 そう、予感した。


 END.


 海野さんは、こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556440381294)の女性。

 自分の好きなものを大事にして貰えると、嬉しい。

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