第258話 永遠が無いことを知っているからシャッターを切る(女子高生。友情)
その日の夕焼けは、優しい水彩画のように美しかった。
「見て見て、あの夕陽、綺麗じゃない?」
「写真撮ろっ」
模試帰り。
学校でやると制服着てかなきゃいけないのダルいよね、寄り道しづらいもんね、みたいなことを話しながら、みんなでだらだら歩いていた。
テストのあと特有の頭のだるさ。肩の凝り。
ぺったんぺったんとやる気なく歩く。
いつもの通学路。何の変哲もない河原の道。
けれど、誰かが夕陽に気が付いて。
その途端、何だかいつもの風景が、普段以上にキラキラと輝き始めて驚いた。
色だけじゃなくて、匂いも、風も、何もかもが明度を上げた。
川を渡る風は涼しく、草と土の匂いがする。もちろん、水の匂いも。
さわさわと鳴る草の音、遠くから聞こえる、サッカーをする男の子たちの笑い声。
空は、上の方が薄青で、下の方が橙や黄色に染まっている。
うっすらとたなびく雲は、黄色や桃色に彩られていた。
夕陽はてらてらと輝くオレンジで、半熟卵を連想させた。
すべてのバランスが良くて、友だちみんなで「ほう」とため息を思わず零してしまう。
「あ、写真撮ったら送ってよ」
「そっか、アンタのスマホ、今カメラ壊れてるんだっけ」
「そう。明日修理に出す予定」
「OK、わかった」
友人たちがパシャパシャと夕陽を撮るのを、一歩下がったところから見ていた。
美しい夕焼け、楽しそうな友人たち。
途端、胸にせまるのは、きゅうぅと締め付けるような痛み。
(ああ、いいな)
圧倒的な質量でそう思う。
胸の奥からせり上がって、けれど声にも何にもなれず、ただ心をぐうっと締め付ける気持ち。
何だろう。
悲しいとは違うけれど、よく似ている。
倖せだなって気持ちにとても近いのに、それよりは痛い感じがする。
切ない、というのが、何とか当てはめられそうな言葉だった。
夕陽は綺麗で、友だちは楽しそうで、私もいいなあと思っていて。
いいことばかりなのに、何故だろう、胸が締め付けられる。
(何でかな)
そう首を傾げるけれど、本当は知っている。
「撮れたよー」
「見せて見せて」
スマホの画面に映る夕陽は綺麗で、いっそ作りものみたいだ。
でも、やっぱり肉眼で見たそれの方が美しくて。
「いいじゃん」
そして、当たり前だけど、彼女たちの写真には彼女たちが写っていなくて。
さっきの瞬間は、もうきっと二度と無いのだろうなと気付いてしまう。
「いいね」
せっかくのいいシーンだったのに、私のカメラは壊れていて残せなかった。
惜しい。
「送るねー」
「ありがと」
それでも。
今日見た光景を思い出せる写真は残った。
あの美しさのひとかけら。
「……一生忘れないでいたいわー」
「ええ、大袈裟」
冗談めかして笑うと、みんなも笑った。
今日のこの日のことを、いつかみんなが忘れても。
私だけは忘れないでいたいと、そう、願った。
END.
この河原(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556234609401)と同じ河原で。
こういう何気ない風景って意外と忘れないで残っているものだと思う。
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