第255話 君が笑うと世界が明るい(年下×年上。幼馴染男女)

「……」

「……」

 アカン、これやらかしたな。

 五つ上の恋人を見ながら、俺は眉をひそめた。

 今いる喫茶店は、普段の俺なら入らないようなレトロな雰囲気の店。

 焦げ茶色の店内。ふっかふかの椅子。珈琲の匂いも、何やら上品な気がする。

 気合を入れて選びましたと言いたいところだが、「疲れたから次に目に入った店で休憩しよか」ということで選んだ店だった。

 いやでも、いつもなら目に入ったとしてもスルーしていたような店だ。

 うん。大人っぽいデートをしてる、と言えなくもない。

 大学生として、大人の一歩を踏み出した。

 それはさておき。

「……」

「……」

 先ほどから、彼女の機嫌が急降下していてヤバい。

 傍目には絶対そう見えないだろうけど。

 うっすら微笑んでるし。黙っている以外は、怒りの仕種は見えないし。

 けど、違うのだ。

(目がわろてへんのよなぁ……)

 俺は、檸檬スカッシュをストローで無駄にかき混ぜながら、ため息を吐いた。

 かろかろかろん、しゅわわわ……

 グラスの中で、涼しげな音が鳴る。

(でもまあ、怒ってくれるだけええんやけど)

 俺は、頬杖をついて彼女を見た。

 彼女は、何食わぬ顔で紅茶を飲んでいる。

 いい人そうな顔で、実際いい人で、けれどもちゃんと奥では怒ったり拗ねたり悩んだりして、その癖それを見事に隠し通し、ただのいい人でいる。

 それが出来る奴なんだ、こいつは。

 昔っから。

 そしてそれを苦ともしない、やばい奴だ。

 だから、その仮面がはがれた今の状態は非常に珍しく、怒っていたとしてもだいぶん嬉しいことだ。

 何せ出会った頃は、小一と小六。

 だもんだから、こちらを意識させるだけで一苦労。

 告白して、意識させて、いざってなったら次は「高校卒業してから」と来て、今。

 高校を卒業した、今。

 やっとこさ晴れて恋人同士になれたのだ。

(こんなところでふいにしてたまっかい)

 感情を露わに(身内比)してくれることが嬉しいのとは別に、恋人らしくイチャイチャするのも大事だ。だってイチャイチャが長続きの秘訣って誰かが動画で言ってた。

 つまり、機嫌を直して欲しい。

(何や、何がアカンかったんや?)

 店に入る前。

 これは、大丈夫だったはず。

 会話もあった。「あの店、新しい店かな?」「何の店やろ」「喫茶店かと思ったら美容院だった」「ほんまやめて欲しいよな、美容院トラップ」。こんな感じで。

 店に入ったときはどうだっただろうか。

 からんからん、というベルを聞いて「雰囲気あるね」「中もなんかお高そうな」「純喫茶って感じだね」……うん、会話あったわ。

 じゃあ、何処から?

 ううーん……。

 思わず腕を組んで考える。

 ちら、と彼女を見れば、何とこちらを見ずに隣に視線をやっている。

(隣……?)

 つられて見れば、男子高校生とおぼしき二人組。

(は? 恋人そっちのけで他の男見るとか)

 そりゃどうなんだって話で。

 文句を言おうと口を開きかけたが、

「いや、恋人は欲しいんだよ。恋がしたいんだよ、俺は。とにかく誰かとキャッキャウフフして、イチャイチャしたいんだよ」

 聞こえて来た少年のあまりに切実な叫びに、ちょっと黙った。

 それは、何か。

「すごいな、恋に恋してるってやつじゃん」

 そうそれ。

「いっそもう、誰でもいいから俺に告ってくれないかな」

 すっごいやん、もう誰でもいい言うてしもてるやん。

 いっそ潔くて好感度上がるわ。

「誰でもいいの?」

「うん。年下でも年上でも、何なら男でもオネエさんでもいい。あ、幼女とかショタは困るけど。犯罪者にはなりたくない」

 うんうん。犯罪者にならへんのは重要やな。

 それにしたってすごいな。

 好みの外見ないしは中身ならみたいな条件が無い所為か、マジで誰でもええ感出てるやんか。

「じゃあ」

 そこでもう一人の方が小首を傾げた。

「俺なんか、ど?」

「え?」

 え?

 ちら、と見た彼女の方も同じ顔してた。

 たぶん、俺も同じ顔してる。

 え?

「自分で言うのも何だけどさぁ、俺、そこそこキレーな顔してるし。お前のこと好きだし。基本的に好きな相手には尽くすタイプだし。ど? 優良物件よ?」

 いや、確かに君、キレーな顔はしとるけど。

 え、何これ、告白?

 こんな流れで?

 冗談とすぐに笑わず、流さないから、マジで?

「OK、わかった。付き合おう」

 と戸惑っている内に、何故か『恋人欲しい』方が、スパンとうなずいた。

 え。

「うっそでしょ、即決。提案しておきながら何だけど引くわ」

 わかる。

 潔いにも、程がある。

 てか、誰でもええにしても、程があるやろ。

 ええんかい、それ。

 思わずツッコみそうになってやめた。

 前を向く。

 彼女と目が合った。


 ふはっ。


 自然と、二人の口から笑いが零れた。

「今の、面白かったね」

 声を潜めて、彼女が言う。

「何や、コントみたいやったな」

「あんな風に恋が始まる瞬間、初めて見た」

「恋なんかな」

「恋なんじゃないかな」

 目を見合わせて、また笑う。

 あ。

 空気、戻った。

 俺は、またちら、と件の二人を見て、

(ありがとお)

 心の中だけで、礼を言った。

「このあと何処行く?」

「何処行こうかな。シュンちゃんの行きたいところは?」

「せやなあ……」

 そっとテーブルの上に投げ出されていた手を取っても、抜き取られない。

 きゅっと柔らかく握り締めて、話を続ける。

 同じように柔らかく握り返されて、更にご機嫌になりながら。


 END.


 隣のテーブルの男子たち(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556141392027)。

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