第251話 ありがとう、あなたも倖せで(好きな作家にリプを送りたい女性)

 自室にて。

 ベッドの上。

 あとはもう寝るばかりなので、枕元の読書灯だけを点けている。

 オレンジ色の灯りと、スマホの蒼白い灯りが、部屋をぼうっと浮かび上がらせる。

 壁にはポスター。棚にはアクスタ。推しが並ぶ癒しの部屋だが、今は推したちの視線すら気にせず唸っていた。

「うーん~~~~~~」

 スマホ片手に。

 開いているのはTwitter。

 リプ画面の文字は、「初めまして」以降、何も書かれていない。

「うーんん~~~~~~~~~」

 リプを送る相手は、相互さんじゃない。そもそもフォロー外の方だ。

 活動ジャンルも違う。

 相手のアカウントは、オリジナル中心にそのときハマッたものを描いたり呟いたりしている感じ。

 私のアカウントは、バチバチの二次創作用。今は、とあるゲームのBLと夢妄想で動いている。

「難しい……リプめっちゃ難しい……」

 そんなジャンル外の相手に何故私はリプしようとしているのか。

 話は少し遡る。


「わ、いいなあ……」

 フォロワーさんから流れて来たRTに、私は目を止めた。

 四ページの短い漫画だけれど、私はそれにぐぐっと深く惹き付けられた。

「めっちゃわかる……」

 綺麗な絵柄もさることながら、何より内容だ。

 褒めて欲しい! という承認欲求と、それを表に出して叩かれることへの恐怖、けれどもやっぱり、褒めて欲しい!! という切なる願い。

 そんな創作者のジレンマが、綺麗にユーモラスに表現されていた。

「わかりみしかない、マジで」

 私は、ベッドの上で呟きながら「いいね」を押して……RTを押す手を止めた。

 ふと気になって、リプ欄を見た。

 けっこうなリプが来ていた。

 それらの多くは、私と同じような感想、「わかります!」「こういうときありますよね」「めっちゃ良かったです!」的なものだったけれど。

 中には「承認欲求オバケ」「キモい」「こんなの作り手側の我儘ですよね」というのも混じっていて。引RTの方まで開けば、後者はもう少しだけ増えていて。

「こっわ……」

 私は身震いした。

 許さないぞ! って誰かの怒鳴り声が聞こえた気がした。

 もし、これをRTしたら? めっちゃわかるって感想を書いたら?

 その声は、私を見付けて、私も怒鳴られるのではないだろうか。

「……」

 私は怖くなって、結局、RTは出来なかった。


 だけど、その次の週のイベントで。

「好きです、がんばって下さい」

「このあいだ上げてはったSS、とっても良かったです! めちゃくちゃ萌えました!」

「水無月さんの描かれる推しが大好きで……あ、SSの方も読んでます。最高です」

 うちのスペースに来て下さる方に、一言感想を言って頂ける数が増えた。

 不思議に思いながらも嬉しくて、

「ありがとうございます!」

「あの続き、がんばってアップしますね」

「また描きますね」

 私も笑顔でお応えした。

 両隣のサークルさんも似た感じで。

「今日、結構感想言って下さる方多いですよね」

 相互さんが遊びに来て下さったときに、ふと漏らした。

「やっぱり、あのツイの影響ですかね? うちの界隈じゃけっこうRTされてましたし」

「ああ、あの」

 私が例の漫画のタイトルと、アカウント名を言えば、「それですそれです」と相互さんが言った。

「あの方、ジャンル違うのに」

「でもあの人のいるとことうちの界隈、けっこう被ってる人多いじゃないですか」

「確かに」

「いくつかの界隈でプチバズりしたっぽいですよ」

 でもわかりますよねー! と相互さんが明るく言った。

「私もめっちゃわかるって思いましたもん。作者さんにも、長文リプ送っちゃいましたよ!」

 にこにこと笑って、「返信も丁寧で、嬉しくなっちゃいました」という顔には、全然怒鳴り声を気にする気配は無かった。

「そうですね……」

 私は、初夏のキラキラした太陽みたいな、そんな笑顔に毒気を抜かれた。

 勝手に想像した怒鳴り声が、しおしおと太陽の前に萎れて消えていく。

(RTしよう。感想、送ろう)

 そして、そう固く決意をして、今に至る。


 のだけれども。


「うーん、難しい……」

 いっそ決意した会場内で送っちゃえば良かったのだけど、失礼の無いようじっくり考えたいと思って後回しにしてしまった。

 今思えば失敗だ。

 勢いって大事。

 あのとき消えた怒鳴り声も、何だか扉の向こうから今にも聞こえてきそうな感じがして、怖い。

「……や、やめるか」

 一度画面を落として──

 否

 考え直す。

『好きです、がんばって下さい!』

 そう言ってもらえたとき、私は嬉しかった。

『あの話、大好きです』

 やっぱり、褒められて嬉しかった。

『続き待ってますね』

 反応は要らないと表面上装いながらも、どうしたって反応が欲しい。あれば嬉しい。

 この狂おしい気持ちを代弁してくれた漫画のお蔭で、私は今とても倖せな気持ちを貰っている。

「……よし」

 お返しをしたい。

 僅かでも。

 この漫画を描いてくれたあなたに、同じ気持ちを渡せたら。

「漫画、とても良かったです。……」

 画面に、拙く文字が並ぶ。

 どうか。

 どうか少しでも、あなたが倖せであるように。

 このコメントが、怒鳴り声を隔てる防波堤に、少しでもなりますように。

 祈るような気持ちで、返信ボタンを押した。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555928752000)の通りに、漫画を描いたようです。

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