第224話 このまま、このまま、どうか(永遠の友情を願う)
「あ~~~~」
私は、布団を頭からすっぽり被って声を上げた。
夜中。寮の部屋。
一人部屋だけれど、壁はそこまで厚くないから、ちゃんと小声で。
叫び切ってから、ひょこりと顔を出す。うっすらと鼻をつくのは、絵の具の香り。
美術部寮は、誰の部屋でも絵の具や紙の匂いがする……気がしている。
持ち帰った小作品の
消灯時間を過ぎているから、ついているのは枕元の読書灯だけ。
薄闇の中に浮かぶ、一冊のコピー冊子。
我らが愛すべき隣人・文芸部の部誌だ。
この中のひとつのお話が、私の心を打った。
もぞもぞと布団から手を伸ばし、もう一度冊子を開く。
──ずぅっとこの時間が続けばいいのに。
僕はそう願う。
彼女と二人、手に手を取って、ただ日々を過ごしていけたらと願う。
寝て食べて笑って、先生や日常の愚痴をちょっと言い合って、また下らない事で笑って、その繰り返しで良い。
どうせ人間の日々というのは、何かの勉学や労働のために浪費されなければならないというのだろう。それならせめて、この愛おしい繰り返しも同じように連綿と続いて欲しいのだ。……
わかる。
本当に、めっちゃわかる。
話は、このあとも続いているのだけれど、私は一度そこまで読んで冊子を閉じた。
ここから先は、主人公の恋愛話になってしまうから。
『僕』は、隣にいる『彼女』が好きだ。
恋愛的な意味で。
だからこれは、恋愛小説なのだ。
けど、私は。
「……友情も、こんな風に続けばいいのにな。まったく、同じように」
これを、どうしても友情物としてここの空気のまま続いて、終わって欲しかったと思ってしまう。
もちろん、恋愛小説としてもこのお話はとても良いと思う。
自分の願いを「それはそれとして」、と脇に置いても、すごく面白く読めたから。
けれども、私は友情小説として読みたかったと思ってしまった。
「どうして、友情だけはこのまま続いていくための制度みたいなものが無いのかなあ……」
恋愛には、結婚やパートナーシップ制度とか、そういうゴールが用意されている。そして、そのゴールテープをくぐると、その関係性は晴れて『ほぼ同じまま続いていく』ことが許される。
もちろん、そのゴールを良しとしない人がいるのも知っている。
そして、「そんなずーっと同じ空気のままなわけないでしょ」ってツッコミがあるのもわかっている。
けど。
でも、友人関係よりは、まだずっと安泰な気がするのは、気の所為だろうか?
だって友人関係は、それこそ仕事とか、恋愛とか、推し活とか、いろんなことがあったら変わっていってしまう。
いとも簡単に。
年の離れた姉の友だちだって、一人二人残して、ほとんどは付き合いが疎遠になってしまったと聞いた。
私は、それが怖い。
今、私には、大好きでいつもつるんでる友達が五人居る。今のクラスも、みんなべったりではないけど、いい感じの距離感で仲良しで。
朝起きて、おはようって言い合って。昨日見たテレビの話とか漫画の話とかをして。
それぞれの推しについて語り合ったり。
下らない内輪のゲームや鉄板ネタに大笑いして。
愚痴なんかも話して、けど大体はそれぞれの推しの話に流れて行ったり。
相手の推しに興味は無くとも、友人が倖せそうだったらそれだけで自分も倖せな気持ちになる。
そうして一日が終わって、「また明日」って別れる。
明日はどんな一日かなと思って目を瞑る。
またみんなに会えると思って、わくわくしたまま眠りにつく。
この平和な空気のまま、ただただ人生が続いて欲しいだけなのに。
「……変わっちゃったら、やだなあ」
みんなと居たい。みんな大好き。
けど、あと数年したらバラバラになってしまう。
バラバラになったあとも、同じように仲良くできたらいいけど。何がきっかけで疎遠になるかわからないなんて、怖い。
「怖いよぅ」
──ずぅっとこの時間が続けばいいのに。
無邪気に綴られた物語の文章が、あまりにも私の想いと重なって泣いた。
誰にも、こんなことは言ってない。言えない。
きっと「そんなこと」って笑われるから。
でもこの想いは、あまりに大事すぎて、どんなに大好きな友だちでも笑って欲しく無さ過ぎて。
──ずぅっとこの時間が続けばいいのに。
だから、私の心を描いてくれたみたいで少し、安心した。
(ずっとこのまま、そっくりこのままの空気が、時間が、続いて欲しいだけなの)
枕に顔を押し付けて、涙を吸わせる。
私は、卒業が怖い。
怖くて怖くて、仕方ないのだ。
こんな気持ちを何処へも持っていけず、私は今夜も一人で細々泣いた。
END.
文芸部の部誌、気に入ったお話の書き手はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139554626498324)の子のものです。
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