第181話 倖せな店番(薔薇。菓子職人×元塾講師)
本日ラストのスコーンが焼き上がり、店の方へ持って出たところ。
「
鼻歌でも歌いそうな横顔で、颯太さんがショーケースを拭いていた。
「トーリーさん、ふふっ、そう見えるかい?」
颯太さんはこちらを見ると、にっこり微笑む。
あまりに倖せそうな顔で、見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「ええ、とても。何かいいことありました?」
ショーケースの上に、そっとスコーン入りのバスケットを置いた。
すっかり冷めるまでの定位置で、冷めたあとはショーケースに入れる。
「うん。今しがたね、マドレーヌを買ってくれた子がいたんだけど」
二種類、どっちも買ってくれたよ、と颯太さんが嬉しそうに言う。
「この菓子言葉を見た瞬間に、パアアって顔を輝かせて、買ってくれたんだ」
「なんと」
説明書きに菓子言葉を足さないか、と案を出してくれたのは、颯太さんだ。
「入って来たとき、何か悩んでる感じだったんだけど。マドレーヌを買ったあとは、何だか晴れ晴れしてて」
そう言う颯太さんの顔もまた、晴れやかなものだった。
「……嬉しくなっちゃったんだ。彼女の気を少しでも晴らすことが出来たのかも知れないって。……あなたのお菓子を」
颯太さんの手が、優しくショーケースに触れる。
「誰かに届けるお手伝いが、ほんの少しでも出来てるんじゃないかって思えて」
そう言ってから照れくさくなったのか、颯太さんはわざと真面目らしい顔を作った。
「ま、まあ? ちょっと調子に乗っちゃってるっていうのはわかってるよ。大丈夫」
「……いいえ」
私は嬉しさのまま、颯太さんの手を握り締めた。
「いいえ、いいえ。調子になんて、のってません。のってたとしたら、むしろ、そのままのり続けて欲しいくらいです」
「トーリーさん?」
そう、嬉しい。
私のお菓子を誰かに届けること。
そのことに、こんなにも心を寄せてくれて。
そしてその心が、誰かの心を明るくしてくれて。
嬉しい。
こんなにも、嬉しい。
「ありがとうございます、颯太さん」
誰かが自分のことを思ってしてくれることが、私をとても倖せにしてくれる。なんて尊いことだろう。
「……どうして、あなたがそんなに嬉しそうなのさ」
「フフッ、颯太さんのおかげです」
「まったく、たまに脈絡のないことを言うよね、あなたは……」
颯太さんの頬が朱い。
困ったように視線を逸らしているのが、可愛い。
まるで金平糖を口に含んだときみたいに、甘やかな気持ちが私の心を満たしていく。
「だいすきですよ、颯太さん」
「仕事中ですよ、トーリーさん」
私は、そっと彼の手に恭しく倖せのキスをした。
END.
こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861389755389)の二人。
マドレーヌのお菓子の子は、昨日の子(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861616757109)です。
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