第176話 スコーンを買っていこう(義理の姉弟。ほのぼの)


「……」

 俺は今、英国菓子専門店に来ている。

 目の前のショーケースには、見たことのあるもの……スコーンや、アップルパイなど……や、あまり見たことのないもの……何か白い砂糖的なものがコーティングされたケーキとか、間にジャムが挟んであるケーキとか……が、まばらに並んでいた。

 隅の方に、商品名の書かれた値札が幾つもよけてある。

 たぶん、かなり売れたあとってことなのだろう。

 今残っているものも、どれもあと二、三個くらいしかないし。

(人気なんだなあ……)

 と言っても、どれがどんな味で、どれくらい美味しいか、俺にとっては未知数なんだけど。

 イギリス料理ってまずいイメージがあるから、人気商品と言われてもピンと来ない。

(スコーンも、何かパサパサしたイメージだしな)

 では何故、そんな縁もゆかりも無いような菓子店にいるかというと。

 義理の姉が関係している。

 姉に好きな食べ物は無いのかと聞いたら、

『あー……スコーンかなあ』

 と答えたから。

 だから俺は、ここにいる。

 このあいだ連れていかれた焼肉屋で聞いた。

 牛肉が食べられない姉は、焼いた野菜と鶏肉をちまちまと食べていた。

『あとはショートブレッドとか。イギリスのお菓子、何か好きなんだよね』

『どれもパッサパサしてそうな奴だな』

『あんまり美味しくないやつはね。でも、美味しいところのは、すごく美味しいよ』

 専門店とか、美味しいパン屋さんが作ってるやつとか。

 姉は、いつものへらへらした笑顔で言った。

 ふむ、とそのとき俺は頷いて、あとでその専門店とやらを調べようと思った。

 そして調べて、今に至る。

 名目としては、焼肉奢ってくれてありがとう的なお返しだ。

 あの焼肉も、姉からしたらお礼の一環らしいが、姉の食べたいものが特にない店でのことだったので、何となく、悪いことをしたなという思いがあった。

 だから、好物でも贈ろうかと、思ったのだけれど。

(……どれが美味しいのか、わっかんねー)

 思わず軽く舌を打つ。

 好きだと聞いたスコーンが一番手堅いのだろうが、何と今残っているものでも三種類ある。

 プレーンに、レモンティーに、にんじん。

(こういうときは、やっぱりド定番のプレーンにしとくべきか? でも、変わり種の方が面白いか? 自分では買わないかも知れねぇし。でもな)

 にんじんは、好きかわからねぇな。

 このあいだの焼肉のとき、にんじん無かったし。

 うぅーん……。

 眉を寄せて考えていると。

「おなやみですか?」

 コック服(というのだろうか。菓子職人の場合でも。あの白いやつだ)を着た店員さんが、小首を傾げて言った。

 背の高い、どう見ても外国人さんだったが、日本語は聞き取りやすかった。

「えーっと、はい。プレゼントなんですけど」

「なるほど。ご家族に?」

「はい。……姉に」

 何故か、言ってて照れた。

「ふむ。お姉さんは、スコーンがお好きなんですか?」

「あ、はい。でも俺は、その、あんま食べたことなくて」

「なるほどなるほど。あまり食べたことのないものだと、どうえらんでいいか、ちょっとわからないですよネ」

 あまり食べたことが無い、という言葉にも気を悪くせず、店員さんはにこにこと微笑んでいる。

「お姉さんがこのお店を知らないのなら、やはりプレーンがおすすめです。ごぞんじなら、しんしょうひんのにんじん味もいいと思います」

 この店……知ってるだろうか。知ってても可笑しくないけど、どうなんだろう。

 あまり出歩くイメージ無いんだよな、あの人。

 俺がより眉を寄せたのを見て、店員さんはさらに笑みを深めた。

「フフッ」

「あの……?」

「ああ、すみません。……何だか、いいなあっておもったんです」

「いい?」

「はい。だれかのために、しんけんになやむこと。……とってもステキだと、おもいます」

 彼は、さらっとそう言った。

 揶揄われているのではない、とはっきりわかる、慈しみのこもった温かな笑顔で。

 さらに照れくささは加速したけれど、同時に胸の奥に、ぽっと温かなものが灯ったのも感じた。

 ……確かにこういう感じは悪くないと思う。

 例え、自分にとってアウェーな店だったとしても。

 もしかして、あの人もそう思って、焼肉屋にしたのだろうか。

「ちなみに、こじんてきなおすすめは、このレモンティー味です」

「へえ……何でですか?」

「私のパートナーが、好きな味なので」

 フフフ、と照れくさそうに、けれど何処か誇らしげに言う。

 何だ、惚気かよ。

 と思いつつも、とても素直な感じがむしろ微笑ましくて、思わずこっちもふっと笑ってしまった。

「……じゃあ、それで。二つ、お願いします」

「ありがとうございます!」

 にこにこ笑うこの店員さんの話を、あの人にもしてみようか。

 店員さんのパートナーさんが好きな味を勧められたと。

 あの人は、どんな反応をするだろうか。

(とりあえず、そういう話が出来る状態だといいけどな)

 願わくば、ちゃんと意識のある姉であることを祈りつつ。

 俺は、スコーンをしっかり受け取った。


 END.


 こちらのお話(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816700427458129649)の弟くん。

 店員さんは、こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861389755389)のトーリーさんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る