第175話 好みに溶ける(鈴蘭。先輩×後輩)
色素の薄いストレートヘア。
それを飾る白いレースのヘッドドレス。
女性にしては背が高く、しなやかな痩躯を包むのはホワイト・ロリータのドレス。
優雅に広がった
ふんだんに使われた華やかなレース。
それらに引けを取らぬ艶やかな笑顔が、僕の方へと近付いて。
「……それでは、また明日ね。小鈴」
艶っぽい声で囁いた。
「っっっ」
それだけで僕はもう、顔が熱くなる。
美しいご尊顔を間近で拝むことなんてとてもじゃないけど出来なくて、視線を逸らす。
逸らした先の硝子には、困り顔の黒ロリータが映っている……僕だ。
黒いリボンのヘッドドレス。子どもっぽくなりすぎない程度にリボンがあしらわれた黒のジャンパースカート。メイクもばっちり。
お姉さまと並んでも恥ずかしくない出来に、ホッと胸を撫で下ろす。
今日も僕は完璧だったようだ。良かった。
「お返事は?」
「ひゃ、ひゃいっ、
上ずった僕の返事に、お姉さまは満足げに微笑んだ。
それからスカートを翻し、改札の方へと去っていく。
そんな後ろ姿も、優雅で美しい。
思わずため息が零れた。
薔薇の残り香にうっとりとして……ハッとあることに気が付き、僕は足早にその場を後にした。
女性トイレの前を素通りし、多目的トイレにサッと入る。
──用を済まして、ひと安心。
手を洗いながら、先ほどのお姉さまのことを思い出す。
まばたきの度に音がしそうなほど長い睫毛。ぷるんと瑞々しい唇。切れ長の眼は涼しげで近寄りがたいけれど、笑うと蕩けるように甘くて……
「はあ……」
思い出すだけで、思考が溶ける。
めっちゃ綺麗、めっちゃ好き。
好きって言うか、しゅき。大しゅき。
はああぁあああぁ、何アレ本当に人間か。天使じゃないの天使でしょ。
いっつもにいい匂いするし。手、すべすべだし。
いい匂いだし。
はあ、好き。
と、そのとき。ふと見た鏡の中。
首元を飾るチョーカーがズレて、見えてはいけないものが見えてしまっている。
「いっけね」
つい、素の声が出た。
慌てて、チョーカーの位置を調整する。
見えてはいけないもの、のどぼとけを隠すため。
「はあぁぁああ」
そう、僕は男。本名は、鈴木辰雄。
着たい服が女性ものばかりだから(その中でもロリータが一番好き)、たいてい恰好は女性だけれど、心は男子。好きになる相手は女子。
……のはずだったのだけれども。
ピロン♪
スマホから通知。
開くと、玲お姉さま……スマホ画面の名前表記は、石橋玲人先輩からメッセージが。
『今日も楽しかった また明日の部活でもよろしくね』
『はい、こちらこそ』
即レスしてから、またため息。
そう。
玲お姉さまも、男だ。男子校の先輩。
ひょんなことから、先輩に女装男子であることがバレて、実は先輩もそうなのだと教えられ……そこから何故か、付き合うことになった。
いや、なんでやねんって話だけれど、本当なのだから仕方ない。
「でもなあ……」
相変わらず、僕の好みは可愛い女性。だから、先輩は守備範囲外のはずなのに。
「顔が良すぎてっ、流されてしまう……っ」
いざ『玲お姉さま』状態の先輩を前にすると、思考が吹っ飛ぶ。
顔の良さにただただ蕩ける。
拝みたくなる。
そしてときめき過ぎて、語彙は消滅する。
つまり、僕も単なる『恋する乙女』になってしまうのだ。
「これって……恋、なのか?」
悩ましい。
このまま進んでいいものか、それとも。
ピロン♪
またメッセージを受信した。
何も考えずに開けると、
「ぐはっ」
そこには、画面いっぱいの麗しのお姉さま(と、可愛い『小鈴』である僕)。
『今日の写真です♪』
「はあああぁぁああああ」
とりあえず、今日のところは何も考えないでおこう。
美しい顔面に思考を溶かされながら、今日も僕は葛藤を放棄した。
END.
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