第173話 賑やかな夢の暮らし・前(ぬいぐるみと話せるお姉さんとぬいぐるみたち)


「ただいまー」

 玄関を開けると、途端にぶわりと部屋の奥からそのは噴き出してくる。

『おかえり!!』

 たくさんのひとに迎え入れられているかのような、そんな気配。

 ちなみに私の家は1Kのアパートで、たくさんの人間が入れるスペースなどない。

 そもそも、一人暮らし。

 では、その気配は何かというと。

『早く! 早く!』

『まだ? まだ?』

「もうちょっと待ってて。服脱いで、手ぇ洗うまで」

 私は手早くスーツを脱いでアルコール除菌をし、ついでに自分にもアルコールをぶっかける。マスクをポイとゴミ箱に捨ててから、手洗いうがいを済ませて。

「ただいま」

 改めて部屋の扉を開けた。するとそこには、可愛い可愛いぬいぐるみたち。

 彼らからまた、ワッと〈おかえり〉の気配が立ちのぼる。

『おかえり~』

『今日は遅かったね』

『抱っこ! 抱っこ!』

 白へびのはーさんがのんびりと言い、ワニのワックンが労うように優しく言った。最近お迎えしたばかりの子虎のゴコは、まだまだ甘えたがりなので、すぐに抱っこをせがむ。

 ぬいぐるみは動けないはずなのに、いつも何故かうずうずと動いているように見えるので、クスッと笑ってしまう。

「お風呂入ってからね」

『えー!』

 抱っこ! とまだゴコが言うのを優しく窘めるような気配がベッドから漂う。

『ゴコ、まだみーちゃんからは外の匂いがしてるよな。外の匂いがしてるときは抱っこダメって言ったろ?』

 そのずいぶん大人びた気配を醸し出しているのは、ベッドの上に鎮座する大きな白くま、シローさんだ。

「ただいま、シローさん」

『おかえり。早くシャワー浴びてきなよ』

『そうそう! 俺たちみんな、なでなで待ってるんだから!』

 シローさんの横ではしゃいだ気配を出すのは、オオサンショウウオのういちゃんだ。

 陽気な笛の音が聞こえた気がして、テレビ台の方を見た。青いココペリ人形のココさんが、明るい笑顔でこちらを見ている。私も「ただいま」と言って微笑んだ。

 ココさんの明るい笛の音で、ゴコの寂しそうな空気が少し和らいだ。

「じゃあ、お風呂入って来るね」

『いってらー』

『いってらっしゃーい』

『早く、早くね!』

 可愛い気配たちに見送られ、私はお風呂場へ。


 とまあ、こんな感じで、私はぬいぐるみさんたちと暮らしている。

 小さな頃から。

 声が聴こえる……というのとはまた少し違う。と、思う。

 ただただ、気配がある。

 こう言っているのだろうな、という感覚。

 こうやって動きたいんだろうな、という雰囲気。

 それらを脳がまとめて、声や動きにしている感じだ。

 私はそれらを自分の声帯や手を使って再現するときもあれば、特にそういうこともせず、ただただ会話したり、抱っこしたりするだけのときもある。

 ぬいぐるみたちは基本、再現して欲しそうだけれど。

 何か、その方が楽なんだそうだ。

 むかーしシローさんに一度聞いてみたら、そう答えた。

 何がどう楽かは、私にはわからない。

 ザアアアア……

 温かなシャワーを頭から浴びながら、考える。

 これ、他人に言ったら気が触れてるって思われるんだろうなあ。

 と。

 今まで何度も思ったことだ。

 小さな頃から、何となくこれは他人に言っちゃいけないんだろうと気が付いていた。だからまだ、誰にも言ったことは無い。

 某おもちゃが動く映画を見たときは、感動した。

 私が感じている世界を肯定してくれる映画だと心から思った。

 あのシリーズは今でも大好きだ(ただ、3のおもちゃがピンチになるところは、ハラハラして見てられない。よく動物を飼ったり、子どもが出来たりすると、彼らが酷い目に遭う話を一切見られなくなると聞くが、それとほとんど同じ感覚だと思う)。


「上がったよー」

『抱っこ!!』

 髪を乾かすより先に、ゴコを抱き締めた。

『髪乾かさないと、風邪ひくよ』

 シローさんが言った。私は「わかってるよ」と返しながら、ぬいぐるみさんたちを撫でていく。

「今日もお留守番ありがとうね」

『いえいえ』

『どういたしましてー! 褒めて!』

『……♪』

 ぬいぐるみさんたちの反応は様々で、本当に個性豊かだなあとしみじみする。





 (明日へつづく)



 ちょっと長くなった(と言っても四千字行くか行かないかですが)ので、前後編に分けます。

 これからは、三千字越えたら分けていこうかなあと思いつつ、まだ試行錯誤中です。


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