第152話 脱力するなら(バーのママと社会人三年目女子)

※ちょっと下ネタがありますので、苦手な方はブラウザバックお願いします



「ママにはさ、何かリラックス方法ってある?」

「なぁに、藪から棒に」

 からん。

 グラスの氷が、切なく鳴いた。

 バーには私以外に客はおらず、ジャズが静かに流れている。

 カウンターの中にも、今日はママしかいない。

 静かで、ちょっと退屈な時間。

「なんかさ。いいリラックス方法っていうか、こう、うまく身体の力を抜く方法を知りたいの。ずーっと身体の芯から凝ってる感じがするんだよね」

 ここは、社会人一年目の夏に見付けた。

 何となく冒険したくて、とりあえず、えいやと入ったお店が、このお店。

 若く美しいママが、一人で気ままに(たまーにバイトのバーテンダーくんがいるけど)やっているお店。

 飲み屋街のはずれ、大通りの裏手にあるこのお店は、それなりに繁盛はしているようだけれど、いつもどことなく静かだ。

 綺麗な音楽が流れていて、照明はぼんやりとしたオレンジで。何となく、焚火を囲んでいるみたいな気分になる。

 来る人もみんな、ママとひっそりお喋りしたり、本を読んだり。ただぼんやりお酒を呑んだり。ゆったりと過ごしている。

 たぶん、ママの空気の所為だと思う。

 まったく急いでいなくて、いつもゆっくりと話して、ゆっくりと動く。

 力みが無い。余白がたくさんある。そんな感じ。

 昼間も、カフェとして営業しているらしい。

 ならば、いったいいつこの人は休んでいるのだろう。

 そんな長時間、こんな風にいい意味で脱力した雰囲気を保てるなんて、いったいどうやったら出来るのだろう。

 これは、そういう興味から湧いた疑問だった。あわよくば参考にして、私の何かと力みがちなところを改善したい。

 ママは、んー、と宙に視線をやってから、「そうね」と笑った。

「力を抜きたい時は、オナッてるかしら」

「おな!?」

「あ、もしかして意味わからない? 説明しようか?」

「わかるので、結構です!」

 私は片手を上げ、慌ててママの言葉を遮った。

 ママは、さきほど爆弾発言したとは思えないほど、のほほんとしている。

「冗談?」

 確かに、ママだってたまには下ネタを言うけれど。

「いいえ、本気」

 相変わらず、ゆるい笑顔でママは言った。

「脱力って、いきなりしろと言われても難しいじゃない? だから色々な修行ってものは、まず力むところから始めると思うのよね。力んで力んで、限界までいくと、結局ダラーッて力が抜けるじゃない? そこを目指してるんだと思うのよね。悟りだとか、限界突破だとかは」

「いきなり、規模がおおきい」

「あら、同じことじゃない? 脱力したければ、結局一度力むのが簡単ってことよね。だから、ね?」

 ママは、悪戯っぽく笑った。

「でもどうせなら、気持ちよく力みたいじゃない? しんどい思いをするよりは。気持ちよーく力んで、それで脱力する。ちょうど良いでしょう?」

「それは……まあ……」

 あまりにさらっと説明されると、まるで慌てている自分こっちの方がいやらしいような気がして来る。

「けど、リラックス方法聞かれて普通、そこ言います?」

「普通は言わないわねぇ。だから、いつもは大体こういうとき、ストレッチって言ってるかな。実際、ストレッチもするし。それにあれも、ストレッチと言えばストレッチだし?」

「じゃあ、何で」

 ふふふ、とママが微笑んだ。いつもより、妖艶な気配。

 身を乗り出したママが、私の耳元で囁く。

「お仲間が欲しかったから、だったりして」

「!?」

 私が、バッと耳を押さえて離れると、ママは、からからと笑って言った。

「これは冗談」

「~~~~っ、もー……」

 私は、大きく息を吐いた。

 へなへなとカウンターに突っ伏す。

「ふふっ、ごめんなさいね。ところで」

 力は抜けた? と小首を傾げてママが聞く。

 私は、今の状態にはたと気が付いて。

「……抜けましたよ。見事にね」

 恨めし気にママを見上げた。

 ママは「良かった」と鈴を転がしたような声で笑う。

「あのねぇ、この方法、あんまりやっちゃ駄目ですよ。セクハラで訴えられますよ」

「そりゃあもちろん。これをセクハラって感じる人にはやらないわ?」

「……ん?」

 ママが、また私の耳に口を寄せた。

「美海ちゃんにだけよ」

「──ッ!」

 なんてね、とママはウィンクをして離れていった。が。

 この人、いったいどこまで見抜いているんだろう。

 私は、耳を押さえて、ぐぬぬと一人呻いた。


 END.

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