第89話 ケーキ食べたい(ロマンシス?)
ダダダダダダッ ダダダダッ ダダダッ ダッ
定期的に続いていたミシン音が止んだと思ったら。
「ものぐさな人間でもケーキって作れんもんだろか」
ぽつりと聞こえたそんな言葉。
「突然何を言い出すかと思ったら」
美琴は、ビジューを縫い付けていた手を止め、胡乱な目でそちらを見やった。
「納期は明日なんですよ。それより手を動かして下さい!」
「でもお腹空いたんだもーん。甘いものが食べたいんだもーん」
だれーんと椅子にもたれかかり、
「カ○リーメイトで我慢して下さい!」
「飽きたんだよ~。で、この仕事終わらせたところで、もうケーキ屋なんてやってないだろうし」
二人の仕事は、鞄を始めとした小物づくりだ。
馴染みの雑貨屋に納品することもあれば、今回の仕事のように、何処かの雑誌や番組とコラボしたものを作ることもある。
こういう余所との仕事は、〆切も量もシビアなことが多いのだが、その分、良い宣伝にもなる。
だから、キツくても基本的に引き受けているのだが。
「~~~~わかりましたよ」
今回は相当厳しかったらしく、彩夏が品を作り終わるより先に我儘を言い出すようになった。
やれ本格的なココアが飲みたいだの、コンビニやスーパーのじゃないざるそばが食べたいだの。
挙句、ケーキと来たもんだ。
うるさい、と黙らせることも出来るのだが、美琴にとって、彩夏は大事な仕事の相方でもあり、尊敬する先輩でもある。
面倒くさいと思う反面、願いを叶えたい、とも思うのだ。
「ちょっとま、台所を使わせて貰いますね」
「マジで!? 出来るの!?」
「あなたはそのまま手を動かして下さい!!」
買い置きしておいた菓子や冷蔵庫に残るあれそれから、一つ作れるスイーツを思い出した。
「レシピは、あとで教えますから」
「わーい!!」
喜ぶ彩夏の顔を見て、納期前であるという焦りが一瞬だけ消え去った。
十五分後。
「出来ました。あとは数時間、冷蔵庫で冷やすだけです」
「おおー!」
「じゃ、その数時間、がんばって仕上げちゃいますか!」
「ラストスパートですね!」
*
「出来たー!!」
「はい、お疲れ様でした」
数時間後。
無事、頼まれた品がすべて完成した。
二人でハイタッチをして、早速、お楽しみタイムを始める。
「……ケーキだ!?」
「はい。ハー○ストにクリームチーズをはさんだ、チーズミルフィーユもどきです」
いそいそと美琴が台所から持って来たのは、先ほど作った簡単ケーキ。
彩夏の目には、キラキラ輝く高級スイーツにも見えた。
「いっただっきまーす!」
二人そろって、フォークを刺した。
元の菓子からは考えられないくらい、すっくりとフォークが入る。
「ふわわ……しっとりしてて……でもサクサク感もちょっと残ってて、塩気と甘みがすっごく合ってる……んま……」
「もう少し冷やしたらもっとしっとりするらしいんですけど、私はこれくらいの方が好みです」
「確かに、私もこれがちょうどいいかも」
口の中で、チーズの酸味と元の菓子の濃い甘さが程好くからまり、甘美なハーモニーを描く。
生地は、しっとりとしているのに歯を立てると最後にサクサク感が残り、ミルフィーユのようでありながら、タルトの香ばしさをも楽しめた。
「えへへ……流石みっちゃんだね!」
彩夏が、満足そうに息を吐いて言った。
「仕事も早いし、ケーキも作れる! 自慢のアシスタントだよ~」
満面の笑みと、誇らしげな眼差し。
心から、そう思ってくれている。
それがわかって、美琴の頬は熱い。
「褒めたって、何も出ませんからね!」
「ふふふ。じゃあ今度、本当にケーキ食べに行こうねぇ」
私が奢るからね、という彩夏に、絶対ですよと美琴が言った。
二人でおでかけ。
その約束が嬉しくて、美琴は笑みを堪えきれず、そっと口元を手で覆った。
END.
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