第52話 喧嘩したって(百合。老女同士)


「ちょっと! またアンタ、靴下丸めたまま洗濯物に突っ込んだね!」

 彼女が、洗濯籠を抱えながらリビングに入って来た。

 私の伴侶。数十年連れ添った愛しい人だけれど、

「いちいち、いちいちうるさいねぇ、このばーさんは」

 がみがみ言われると、こっちも嫌になって来るもんだ。

「アンタもババアでしょうか」

「ババアって言ったね!? せめておばあさまって言いな」

「誰がおばあさまよ。靴下は丸めたまま、脱いだら脱ぎっぱなし、そんなお行儀の悪い奴はババアで十分だよ」

 洗濯籠を下ろして、ふんっと彼女が鼻を鳴らす。

 その小憎たらしい表情に、余計カチンと来た。

「うるさいね。それこそ、ババアだから面倒になっちまうんだよ」

「ババアだからじゃないよ、アンタは元からそういう面倒くさがりのガキみたいな女でしたー」

「ガキかババアか、どっちかにしな。うるさいねぇ。アンタ、昔は黙ってやってくれたのに」

「私はアンタのお母さんじゃないんだよ、やることにも限界があるって話! いい大人が馬鹿なことを言わないでくれる!?」

「はああ!? アンタみたいな母親、こっちから願い下げだし」

「はああ!? こっちだってアンタみたいな子ども絶対嫌だし」

「アンタ、年取って変わったね! まったく口うるさくなってさ!」

「そっちこそ! 昔は、昔は……」

 ぎゅっと、彼女が拳を握り締める。

「……文句言ったって、『ごめんね』って言って、抱き締めて、くれたのに……」

 俯く彼女のつむじを見て。

「……」

「……」

「だ、抱き締めて欲しかったの?」

 私は、戸惑ったように問うた。

「う、うるさい! 口に出して聞かないで!」

 顔を上げた彼女は、真っ赤だった。

「先に言ったの、そっちだっての!」

「……」

「……」

「……わ、悪い?」

 ふてくされたようにそっぽを向く彼女に、

「──ふふっ」

 思わず、笑いが零れた。

 腕を広げて、彼女を抱き締める。

「……ごめんね?」

「これからは気を付けてよね」

 ぽす、と肩に頭が乗ったので、ぽんぽんと背中を叩いた。

「うーん。いちお、気を付ける」

「……何十年このやりとりしてるんだろ」

「あと二十年はしたいなぁ」

「……どうツッコんでいいか、わからないわ」

 ぎゅっと抱き締め返して来た腕に、にっこり微笑んだ。


 END.

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