第36話 午前二時、二人の秘め事(百合…? 女子高生二人)


 トースターの中で、じゅうじゅうと音を立てているベーコン。

 その隣には、ぷくぷくと膨らもうとしている餅。

 二つの土台には、チーズとバンズ。こちらもこんがりと焼き目が付いて美しい。

 時刻は午前二時。暗闇の台所。電気は、流しの部分の一つだけが点けられている。

「んんっふっふっふっふ……」

 トースターの前で、一人の少女が笑う。

 彼女の名前は、柊 薫。ここ笹百合女学院女子寮に住まう高校二年生だ。

 暗い台所中に、ふんわりと肉とチーズの焼けるいい匂いが満ち満ちる。

 ぐうぅぅ~と彼女の腹が鳴ったとき。

「な……っ」

 新しい声がした。

「何をしているんですの!?」

「わー、ビビったぁ。お嬢かぁ」

「一切怖がっていないお顔とお声でよく言いますわね。怖かったのは、わたくしの方ですわ!」

「そういうお嬢は何しに来たの?」

「私は、お水を頂きに来たんですの。部屋に常備してるペットボトルが無くなりましたので」

 お嬢と呼ばれた彼女は、万里小路までのこうじ 綾花という。とある名家のお嬢様で、家の方針でこの学校、そして寮に入れられている生粋の箱入り娘だ。今どき珍しいくらいのお嬢様言葉を喋るため、ついたあだ名が『お嬢』。単純明快である。

「へー。アタシはねー」

 チーン!

「お、出来た出来た」

「ちょっと、話の腰を折らないで下さいまし」

「まあまあ、見た方が早いから」

 ん? と綾花の眉が顰められた。

「これを、こうして……じゃじゃーん!」

 ドンッと綾花の前に現れたのは、餅チーズベーコンが挟まれた……

「……ハンバーガー?」

「イエス☆ お腹空いちゃってさ。だから軽くお夜食をってね」

「軽くという次元を超えていると思うんですが……」

「夜中だからこそ、がっつりしたものが食べたい。そんなときが乙女にはあるのよ」

「その発想は乙女ではなく、中年男性のものでは?」

「中年男性は、こんな脂っぽいもの胃が受け付けないって。知らんけど」

 薫は肩を竦めると、がしっとハンバーガーを掴んだ。

 そして。

「それじゃ、いっただっきまーす!」

 ばくんっ

 勢いよく、かぶりついた。

 肉汁が、じわり。チーズとお餅が、とろーんと蕩けて伸びる。

 くぅぅぅ~っ、と思わず唸ってしまう。

「……!」

 見つめる綾花の口中に、いつの間にか唾がじゅわっと溢れた。

 彼女の熱視線に気付いた薫が、ニヤッと笑った。

「アンタも食べる?」

「え! で、でも、こんな夜中に……!」

「いいから、いいから。ひと口、行ってみなさいよ」

 綾花の咽喉が、ごくりと鳴る。

 覚悟を決めて、手を伸ばした。

 受け取って、恐る恐る、口を近づけて、


 ぱくっ


 勇気のひと口。

「……っ!!」

 途端。

 ぱあああ、と綾花の顔が華やぐ。

 口の中いっぱいに広がる、ベーコンの旨味。チーズの塩気。餅とバンズのほのかな甘み。それらが一体になって、綾花の舌を歓喜させる。

「……秘密の美味しさ、でしょ?」

「っ」

 こくこくこくこく、と激しく綾花は頷いた。

「二人だけの秘密、ね?」

 悪戯っぽく微笑む薫に。

「……」

 悔しそうに、けれど新たな喜びに頬を染めて、綾花は再び首を縦へと振った。


 END.

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