第10話

「……なにが言いたい?」

「おまえは妹を助けた。腕も立つようだし、度胸もある。そうでなければ獣の前に飛び出して女を守ることなど、土台無理な話よ。仮にその場に誰かいて、ジャニスに助けを求められたってだ、村の連中じゃどいつもこいつも足がすくんで小便漏らすがせいぜいだ。手を引いて連れて逃げられようもんなら、それだけで上出来ってもんさ。

 つまりな、あんたの身なりはともかく、妹のような田舎モンには、『私を守ってくれた王子様』なわけだ。妹のほうは完全に油断してる。だから襲う気があれば、やりようはいくらでもあった、違うか? それなのに、ないんだよなぁ。今日会ってわかったが、おまえの目には、生気とか、意思みたいなもんが無い。村まで送る道中、二人きりだったんだろうに。

 まぁ、運が良かった、ジャニスは。あんたに悪意があれば、好き放題にもてあそぶことができたはずだ。悪い奴にあたれば、熊よりもそっちで二度と村に帰らないことだってあり得るんだからな。

 ……とりあえずは、『妹の恩人になりながら、手も出さない腰抜け』と面白おかしく話しておけば済む。腕は立つが無害な男だと、村のみんなに教えとくよ」

「……俺が、ここに居ると報せるのか?」

 自然と腰の剣へと手がいく。

 話が村中に広まれば、やがてそれはほかの村へと伝わり、そこからまたどこかへ伝わる。

 そうすれば『俺が生きている、この村の近くにいる』と、知られてしまう可能性がある。

 また、追手がやって来るかもしれない。

「村に報告されると困るのか? その格好(なり)だ、まあ、訳ありなんだろうな。それは俺にもわかる。だがよせ、そんなに恐れる必要はないんだ。いいか、考えてもみろ。ここにおまえがいると知らない村人が来ちまえばどうなる? 唐突に鉢合わせたら揉めるぞ。おまえは腕があるからな、まず負けない。だがな、その晩、家に帰らない村人が出たらどうなる?

 ……答えは1つ、総出で山狩りだ。

 そうなればおまえはこの小屋を失うし、まあ、無事では済まない。だったら、『よそ者が住み着いたが俺たち兄妹の恩人だ、心配はない』。そう触れ回っておくほうが、あとの面倒がない。そう思わんか?」

 ……言われてみればその通りかもしれない。

 得体の知れない者とこんな場所でばったり会えば、どうなるか……

 喧嘩腰の奴もいるだろう。

 逃げ出して誰かを呼びに行くような者だって、いてもおかしくない。

 だがお互いが先にそうと知っているなら、挨拶程度で回避できるトラブルもある。

 俺は剣から手を放して、「わかった、任せる」とジャックに告げた。

「秘密にしておくってのは、バレたときのリスクがでかい。浮気がバレたときと同じよ」

「……その例え話のくだりはわからないが…… ジャック、あんたの言いたいことはわかった」

「妹に欲情しない腰抜けには、不適切な例えだったかな。まあ安心しろ、俺に任せておけ。妹を無事に送り届けるような無害な男だ。村の男どもにバカにされるくらいでちょうどいい。かえってそのほうが、安心してもらえるだろうさ」

「……」

「……で、本当のところはどうだ、ちょっとは頭によぎったろ?」

 俺は答えなかった。

 本当のところを言えば、おまえは玉無しだなんだと不愉快なことを言われるだろう。

 少しもそんなこと、性的なことは浮かばなかったからだ。

 それはすなわち、この男の言う通り、自分をあきらめているということになるのだろうか?

 言われるまでもなく、ジャニスには健康的な美しさが備わっている。

 若く、跳ねるような、力強い生命力を感じる。

 俺も、女に触れなくなって久しい。

 にもかかわらず、いっさい欲情はしなかった。

「なんだよ、ダンマリか? おまえは自分のことは話したがらないよな。まあいいさ、ウッドは嘘もついていないだろう。俺はそう思う」

「俺を、信じられるのか?」

「信じるさ。それにあんたは、誰かを騙すより、騙されるタイプだと俺には思えるな。

 そこで、だ。明日から俺に騙されてもらおう」

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