日常の終わり

 というわけで今日やっと本を返すことに決めた。借りてから一ヵ月ちょっと経った。このタイミングで返しても、件の必死感はたぶんでないだろう。

 ──藤村さん、遅くなってごめん。これ、読み終わったよ。

 ──あぁ!ありがとう。どうだった?

 ──面白かったよ!正直言うと最初はちょっと退屈だなって思ったんだ。話がだらだらしていて全然進展しないじゃん。でも中盤から後半にかけての怒涛の伏線回収がすごかった。「昔はこういう人間関係だったのか」とか「こういうトリックだったのか」みたいな。

 やばい、口がとまらない。こんなに話すとは思っていなかったのに、口が勝手に動いていく。

 ──それで最後、登場人物の名前が伏線みたいになってたんだよね。その因果が絡みあってて、みたいな。あとさ、作者の、語り口調っていうん?文体?とにかくそれがさ、すっごいダークな感じじゃん。薄暗闇っていうか、ちょっとの振動で全部崩れるトランプタワーみたいな。ずーっと薄い水平線を行ってる感じ。なのに後味すっきり終わるじゃん。それがすごいなあって。

 ──そう!そうなんよ!あの作者の小説ってほとんど後味悪いの。誰にも救いがないような終わり方。投げるだけ投げてあとは知らんぷりなの。でもこの本だけは違ってて、どっちかというとハッピーエンド。で、すっきり読後感。だからこの人の他の本はおすすめしないよ正直。おもしろいのはおもしろいんだけどね。

 藤村さんと感想が似ていて、驚いて、うれしくなった。僕らは感性が似ているのかもしれない、と思った。もしこれが一般的に言われている書評であったとしても関係ない。

 ──もしさ、何かほかにおもしろいのあったら教えてよ。久しぶりに読書が楽しいと思ったから。貸してもらってほんとうによかった。

 ──ほんと?じゃあまたいろいろ貸してあげる。

 彼女は口角を上げてみせた。

 佐藤が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。見ると隣に千田もいた。今日一緒に帰るメンバーは決まったみたいだ。千田も一緒にというのは少々珍しい。というのも、千田の家は僕たちの家の方向とはほとんど真逆にある。

 まだ教室に残っているのは全体の半分くらいになっていた。僕は藤村さんに別れを告げて、浮ついた心のまま帰ることにした。


                    *


 千田は彼の家のほうには帰らず、僕らと同じ方向に一緒に進んだ。佐藤は僕だけじゃなくて、千田も遊びに誘っていたみたいだ。

 今日はコンビニに寄らずに、まっすぐ家に帰った。千田は直接、佐藤の家に行った。てっきり彼は制服のままドリームタウンに行くのかと思っていたけど、わざわざ着替えを持ってきているようだった。

 僕は家につくなり、母さんが作り置きしていたチャーハンをかきこみ、明日で袖を通すのが最後になる制服を脱ぎ捨て、お気に入りのジーパンとパーカーを着てほとんど手ぶらで家を出た。二人を待たせると悪いと思って急いで支度をした。

 しかし、急ぐ必要はなかった。佐藤の家について、ドリームタウンに行くのだと思って「早く行こうぜ」と急かしたが、彼らはそうするつもりはなかった。じゃあなにをするのか、と問えば、「とりあえず時間つぶしでゲームしようぜ」となり、スマブラをすることになった。やっぱりコントローラーを持ってきておけばよかった。家が近いから、今から取りに帰ろうかと提案したが、そこまでしなくていいと断られた。

 佐藤の家にはコントローラーが二つしかない。よって、二人対戦をして負けたひとが待っている一人と交代するという方法で遊んだ。佐藤はゼロスーツサムス、千田はガノンドロフ、僕はスネークを主に使っている。狡猾そうな佐藤、パワータイプなイメージの千田にはよく似合っているキャラだ。

 この三人の中で一番上手なのは佐藤だ。だから必然的に、佐藤はほとんど常に対戦していることになる。僕が負けるたび千田に交代し、千田がボコボコにされるたび僕に戻ってくる。

 時間はあっという間に過ぎ、時計を見れば夕方四時くらいになっていた。さすがにスマブラにも飽きて、もはや惰性で対戦しているような形だった。僕と佐藤が対戦しているとき、後ろでそれを見ていた千田が口を開いた。

 ──なあ、俺らあしたで卒業やで。

 僕も佐藤も返す言葉を見つけられていない。

 ──なんか、早かったよな。気づいたら部活引退して、体育祭も文化祭も、受験も終わっとる。俺さ、三年のこのクラス、めちゃくちゃ楽しかったと思うわ。

 ──ほんとにそう思う。一番楽しかったよ。みんな仲良かった。

 反射的に同意したのは僕だった。でもそれだけ楽しかったのだ。男女の仲が良くて、行事に積極的に取り組む生徒が多く、担任もそれを後押ししてくれた。僕みたいな、あまり活発じゃない生徒でもちゃんと馴染める、優しいクラスだった。

 ──まあさ、明日でこの関係が「ハイ終わり」ってわけじゃないやろ。ここの俺らだけじゃなくて、クラスのみんな。高校でバラバラになっても何かしらでつながってるってもんやろ。

 佐藤があまりにもらしくないことを言うので、僕と千田は声をあげて笑った。佐藤は顔を赤くして恥ずかしそうに笑いながら、僕が操作するスネークに容赦なくスマッシュ攻撃を当ててきた。今日何回目かわからない、僕の敗北だ。

 ──じゃあそろそろいくか。

 佐藤が立ち上がって言った。

 ──え、行くってどこに。

 ──お前には秘密や。黙ってついてきやがれ。

 まだ少し照れているみたいだ。

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