第45話 元恋人同士
剣道場で稽古を終えて帰りの準備をしている時に明里が子供たちを連れてやってきたのだ。シバは聞いていたようで、明里の子供たちの目線に合わせて腰をかがめてニコニコ話をしている。
明里は2人の剣道する姿は意外にも初めて見るようで、普段と雰囲気が違う姿を見て緊張しているかのようだった。
シバは子供達と遊んでいて、その場には湊音と明里だけになった。2人がこうやって2人きりになるのは久しぶりである。
「いつもと違ってかっこいい」
「なんだよ、普段はカッコよくないのかよ」
「ほらネガティブ、付き合って別れてそれから何年後かに惚れ直しても遅いわね」
「惚れ直したって……冗談やめろよ」
湊音は元恋人である明里に対して照れてしまっている。明里は2人への差し入れとして缶コーヒーを持ってきてくれた。それを2人並んで座って飲む。
「今日はどうしたの。剣道を通わせるのか」
「うーん、シバくんにも誘われたけどさ上の子は怖いから嫌だ、下の子はサッカーがいいって言ってさ。今日は違う用事できたわけで」
と明里は湊音にとあるパンフレットを渡す。彼はそのパンフレットを目にしたことがあった。市の新しい施設の説明会のものであった。
「湊音くんもシバくんもここの施設のこと聞いているわよね」
「うん、聞いてる。スポーツ施設もできて剣道場もそっちに移行するって。ここも古いし新しいところは少し広くて交通の弁もよくなるから助かるよ」
「だよねー。集客の見込みあるから私、ここもスポーツ施設で専属のトレーナーとして働きませんかって言われたの」
「まじかよ」
明里は大きく頷いた。今は個人でパーソナルジムをやったり、いろんなジムに行ったりきたりしていたが市で働くとなると少しは安定して働けるとのことだった。
「パーソナルジムの方はこの施設の開設前くらいに終わりにしようかなぁって思ってて。申し訳ないけどさ」
「そうなんだ……」
実の所湊音は明里のパーソナルジムも楽しみの一つにしていたがこれはしょうがない、と思うしかなかった。
「湊音くんと別れてそっから気持ち切り替えなきゃって始めたバランスボールに取り憑かれてジム通い始めてそこでコーチと出会って結婚して子供ができて開業して離婚して……色々あったけどね。続けてきてよかったわぁ」
「僕に感謝しないとね」
「何言ってんだか。でさぁ……」
パンフレットをめくって湊音に見せた。
「シバから聞いたけど、子ども食堂やりたいって言ってたでしょ。この施設で子ども食堂を併設したカフェができるらしくってさ」
湊音は勝手にシバに自分の夢を他人に話されたのが少し嫌だったがそのパンフレットをまじまじと見た。
「経営者募集って。若者の雇用促進ともあって初心者も募集、調理師免許がない人は近々研修も始めていくんだって」
「若者、だろ? 自分来年40過ぎた中年なんだけど」
「また弱気になってる。自分で中年って認めたらダメ。私ももうアラフォーだけど自分もスポーツ施設の館長としてバリバリ働くんだから」
明里はニコッと笑った。湊音は彼女と出会った頃を思い出す。まだ彼女は当時アラサーで普通のOL。婚活パーティで出会った男と実は全員関係を持っていたという依存の強い女性だった。
そんな彼女が子供を1人で育てながら仕事をし、次の夢にステップアップしている姿を見てあのころとは違う彼女がそこにいることにびっくりしている。そして自分だけ何か止まった時間の中にいるというのを感じ取った。
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