ミセス・マジョキア season1

もここ

#01 母は強し。殺虫剤はほどほどに!

第1話 ムカデさん



 輝く憧れはいつしか歪み、醜い嫉妬へと変化を遂げる──


 誰の心にもある、黒い部分。少しつつくだけで瞬時に溢れ出し、とめどなく、拡がる。そして、飲まれる。


 人は、弱い生き物だ。




 𓂃◌𓈒𓐍




「やだぁ、似合う~ふふふ」

「あーん、かわいいじゃん、こっちは?」

「あっはは! おしゃれー」



 娘のコモの独り言がいつにも増して多いことに、もっと早く気がつくべきだった。


 オモチャ部屋にこもって機嫌よく遊んでいたものだから、こちらとしてはありがたく優雅にコーヒーカップを傾けながら生協のチラシを捲っていた。つかの間の平和な時間。時計は間もなく午後の三時をさすところだし、そろそろおやつと騒ぎ出すかしら、と娘の様子を気にし始めたところ、ドア越しに聴こえたありえない言葉に母親の優花ゆうかはコーヒーを吹いたのだった。


「ねーねー、、こっちはどう?」


 えっ、えっ、ム、ムカ?

 どういう経緯でそんなトリッキーな単語が五歳児の口から飛び出ようか。


 まさか、いや。


 このマンションに越してきて三年になるがこれまでそんな恐ろしい害虫が出た記憶はない。


 ましてここは都会の真ん中の高層マンションだ。田舎の古民家じゃあるまいし、ムカデなどが出るものか。


 それでもじっとりと重い緊張が走る。なぜなら優花は、虫が、世界一キライだからだ。


 娘がいるオモチャ部屋のドア、軽い力でスルスルと開く、優秀でオシャレなライトブラウンの引き戸に手をかけた。


 この向こう側に、一体なにがあると言うのか──





「コモちゃん……?」


「あっ、ママ! みてみて、ムカデさんとあそんでたのー」


 ムカデ

 ムカデ

 ムカデが


 デカい。全長約20センチはあろう巨大ムカデが一匹そこにいた。


 そして娘所有の、リオちゃん人形の色とりどりの靴、靴を、靴をそのうごめく足という足に履いていた──


「あ、わ、いや、すみませんカサ、これはこれは、はじめましてカサ。ワタクシ、ムカデの妖精でしてカサ────あれ、あの、もしもし」



 カサ、って、語尾?


 泡を吹いて卒倒したのは、人生で初めての経験だった。




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