第45話 ②

 二日後、水曜日は店休日で一日休みだった。明日はいよいよ響子にカットモデルをしてもらうと思うと朱里は緊張した。


 ゆっくりと睡眠を取り、午後は買い物に出掛けた。そこでワンピースや新しい仕事用の服を購入した。仕事着は全て自前なのだが、染髪や、シャンプーですぐに汚れるので安くてお洒落な服を選ぶようにしている。


 帰り道、宝生駅に立ち寄り古民家の飲食店に立ち寄った。ずっと来てみたかったお洒落な飲食店で、ピザとクラフトビールにサラダを堪能し朱里が店を出たとき、後ろから声をかけられた。


「川口さん?」


 振り返るとそこには同じ小中時代の同級生の羽田公司はだこうじが立っていた。


「あれ?羽田君?」

「店に来てくれてありがとう。俺、今ここのオーナーなんだ。」

「え!そうなの。」


 中学生の頃は体育会系の羽田君は飲食店のオーナーになるようなタイプでは無かった。


「また、来て下さい。」

「美味しかったよ。また来るね。」


 朱里がスマホを取り出そうとふと鞄の中を見た瞬間ギョッとした。あの鋏が入っている。朱里は鞄の中に手を差し伸べて鋏を握った。


 そうだ。コイツは小中ずっと朱里のことを虐めていた。ブス、デブと罵り続けたくせに同窓会では「綺麗になったな」と酔って肩を抱いてきた。顔をあげると羽田君は店に向かって歩き出していた。


「羽田君!」

「ん?」

「今日、都合が良かったらうちに来ない?カットモデル探してて。」


 羽田は一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔で頷いた。


「あぁ。しばらくカットに行けてなかったから逆に助かるよ。」


 下衆な笑顔だった。その場で連絡先を交換し、住所を送信すると、アパートまで車で来てくれると快諾してくれた。朱里は「嬉しい」と微笑んだ。


 夜の、23時過ぎに羽田は家にやってきた。


「遅い時間なのに来てくれてありがとう。」

朱里は笑顔で羽田を出迎えた。


「いえいえ。カットよろしくお願いします。」


 朱里はベットサイドの鏡台前の席へと羽田を案内した。タオルを掛けてよく髪の癖と長さを確認する。

 鏡台には、あの鋏が置かれている。朱里はどんな髪型が良いか確認した。


「短くしすぎない程度で。」


 今は全体に髪が長く、前髪は横に分けて流している。


 綺麗なダークブラウン色に染められており、毎月しっかりと美容院に通って身だしなみを整えていることは見ればすぐにわかる。サラサラヘアーで整髪料は使われておらずシャンプーは必要無さそうだ。


「畏まりました。」


 朱里は髪を分けてピンで止めるとウォータースプレーをした。


「朱里は美容師の卵なんだな。」

「そうだよ。専門学校に行って資格を取って。でもすぐには美容師にならなかったの。最初はエステの仕事をして、美容全般の知識も得てから美容師に戻ってきたの。羽田くんはなんで、飲食店のオーナーに?」


 朱里は鋏を手に持つとカットを始めた。


「調理の専門学校を卒業して、何店舗か飲食店で働いたよ。今の店が安く売りに出されてたから思い切って起業したんだよ。」

「すごいねぇ」


 相槌は打ちながらカットを進める。


「朱里は彼氏いるの?」

「いないよ。」

「成人式で会った日に驚いてたよ。こんなに綺麗になるなん…っ…」


 朱里は、鋏を思い切り羽田の耳に突き刺した。


「いっ…ぁぁぁ!」


 羽田が予想外の絶叫を上げたので、朱里は思い切り鋏を口の中に突き刺して、刃先を開閉させた。喉の奥で止まった刃先が開閉され何かを切り裂いていく。耳をつんざくような絶叫に閉口して朱里は呆れた。


「黙れ。」



 鋏を引き抜くと喉に突き刺した。喉から引き抜いた瞬間、綺麗に血飛沫が鏡台の鏡に飛び散り、羽田は前のめりになって倒れた。血液が鏡台から滴り、羽田は白目を剥いて痙攣し、椅子から転がり落ちる。長い間床でビクビクと痙攣した後に動かなくなった。朱里は鋏を手から落とした瞬間、声にならない悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちて血まみれの両手を掲げた。


(…殺ってしまった!)



 異常な状況に興奮しつつ、頭の中の半分は明日の響子のカットのことが頭を占めていた。


(…明日のカット…明日のカットデビューしないと…そしたら、美容師としてデビューだ…!)


 朱里はすぐにシャワーを浴びて着替えると羽田の死体を片付けることもなくそのまま放置して就寝した。


 翌朝、ひどい血の匂いと遺体の匂いで目が覚めた。シャワーを浴びて服や体に染み込んだ匂いを誤魔化して出勤した。

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