第43話 Last Episode

「今日、絶対に倉庫に来い」


 グループの総長からドスの利いた声で電話があった。倉庫に集まる日は集会か喧嘩だった。前にはリンチもあったが俺はそれには関与しなかった。それに関与した数人は少年院送りになっていた。


「わかりました」


 俺が倉庫に行くと隣のクラスの男子が、ボコボコにされていた。顔に見覚えがあった。


「こいつ……どうしたんですか?」

「お前もやれ!」

「え……?」

「え? じゃねえ! お前もやれ!」


 総長に蹴られて転がった。


「た……たす……たすけて……」


 そいつは、鼻血を垂らして血まみれだった。白いワイシャツも泥や血で汚れてしまっている。


「こいつが何したんですか?」

「金持って来いって言ったのに持ってきやしねぇ!」


 間近で見ると鼻は曲がり歯も抜かれていた。やり過ぎだ。俺は歯を食いしばった。


「相葉最近全然来ねぇよなぁ! やる気みせろ!」


 嬉しそうに俺を見ていた奴らがそいつだけではなく俺も殴りだした。


「へたれ!」

「クズ!」

「弱虫!」


 倒れたまま蹴られ殴られていた俺は思わず隣で泣いていたそいつの頭を怒りに任せて殴っていた。何発も。気づいた時にはそいつは意識を失っていた。

 俺は総長に後ろから飛び蹴りをされてその場に崩れ落ちた。


「よくやったな」


 その直後に俺はグループを抜けると言い、頭が割れるほどボコボコにされた。意識が遠のく中で何年も不良だったことを悔いたし、悔いることさえも無意味で自分の人生は全て屑で生きていく意味なんて遠に消えていた。意識が戻り目覚めた時は病院だった。


 退院してから学校に戻ると隣のクラスにいたはずの、あいつは転校していなくなっていた。グループの総長と数人が逮捕されたことでグループは自然消滅した。


 あいつが相葉の名前を出さなかったらしく、相葉は退学も警察に捕まることもなかった。


 名前も知らないそいつに土下座をして謝罪をしたかったが、それも出来ないままに卒業し蒲田遺品整理業者に就職した。


* * * * *


9月5日


 軽く飲もうと相葉は久間を誘った。営業所近くの居酒屋で二人は乾杯した。


「なぁ、あのサングラス買ってから、俺が見えるんだよ」

「ん?どういうこと?」

「鏡のように俺がレンズに映ってるんだ。それも高校生の時の不良の俺が死んだ目でこっちを見てるんだ」

「へぇ。」

「でな、俺は学生の頃は不良でさ、社会人になってからやっとまともになった」


 久間は枝豆を食べながら聞いていた。


「なんで……突然サングラスに映ったかはわからないけど。過去の俺が現れて、今の俺に問題を問いただしている感じだな」

「呪いかな?」

「え?」

「なーんてな。冗談はさて置き、あの眼鏡の前の持ち主は過去に執着してたから」

「あ……あの資産家」

「相葉が何をしたのかわからないから、軽いことは言えないけど誰にでも過去に話せないことの一つや二つはある」

「久間にもあるの? 人に話せない過去とか?」 

「あるに決まってるだろ」

「それって逮捕されるレベル?」

「さぁ、どうかなぁ」


 久間は冗談めかしてニヤッと笑うとグビッとビールを飲んだ。こいつが警察沙汰を起こすようなやつだとは相葉には到底思えなかった。仕事も真面目一辺倒でやっているようなやつだ。


「結婚相手には何でも話すべきなの?」


 久間は笑いだした。 


「もしかして、林さんに過去のことを、話すべきか心配してるの? もし重い話をするなら付き合う前だな。結婚したら、隠す方が上手くいくからな」


* * * * * 


 居酒屋の帰り、ホームで電車を待っていると、アナウンスと共に電車が入ってくるのが見えた。突然、サングラスを掛けていないのに足元の線路に空虚な目の自分が見えた。そいつは、ひらひらと手を掲げて手招きしている。真の意味で過去から逃げ出す方法はそれしかないのかもしれない。

 相葉は体が揺らめくのを感じた。ふわりと体が浮き上がり、目の前の景色が全てスローモーションになる。


(なんで……あんなことをしてしまったんだろう?)


 電車のブレーキ音が頭に響く。


(何をしたって許してもらえないんだ)


 線路にいる自分は両手を広げて待っている。 


(誰からも見下され続けるんだ)


 こっちに来れば、もう何の心配もいらないさ


 頭の中に自分の声が響いた。電車が入ってくる音がホーム響く。線路にいる自分はカッと目を見開いたかと思うと相葉の脚を掴んだ。


(落ちる……!)


「相葉!」


 首根っこを捕まれホームに体が戻された。シャツが首に食い込んだので一瞬息ができなくなり咳き込む。


「何してるんだ!」


 久間だった。


「お……俺? 何してた?」

「ホームに落ちそうだったぞ。」

「……飲みすぎたかな? 危なかった……」


 目の前には電車が止まっていて、線路にいた自分はいなくなっている。車輌に乗って窓から外を見たときだった。線路にいた自分は電車に轢かれて木っ端微塵になっていた。血は通っていないのか血まみれにはなっておらず、綺麗に腕や足はバラバラになり、顔は半分割れてしまい白目をむいて反対の線路まで吹き飛んでいた。


「何見てるの?」


 久間の問いかけに俺は言葉に詰まった。高校生の俺は、電車に轢かれて死んでしまったのか。


「何も」


 電車が動き出したのでそっと外を見ると、轢かれた自分は起き上がり手足や肉片をかき集めていた。どうやら、生きていたようだ。


(当たり前か……俺が生きている限り過去も生き続けるんだから)


 電車が進むと駅からどんどん遠ざかり、過去の自分は見えなくなった。それだけではなく、空虚な目の俺はぱったりと姿を見せなくなった。勇気を出してあのサングラスを掛けても自分は映らなくなった。過去の自分は死ぬことはない。今も共に生きている。


 相葉は林さんにあのキャンドルと蝋燭を渡した。


 生きるなら、前に進むしかない。


   


       了



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