第39話 ②

「あ……あれ?」


 ワンカートンは10箱でテーブルにあるのは6箱。二箱吸って、寝室に一箱あるはずだから一箱足りない。電気を付けて床を見回したが、どこにも箱は落ちていない。


「おかしいな?」


 寝室に戻るとやはりベッドの上には一箱あるだけだ。


(……まぁパクったやつだからな)


 高田はベッドに横になって天井を見上げた。僅かな時間寝てしまったせいで目が冴えてしまった。仕方なく煙草を一本取り出すとベッドに座って吸うことにした。暗がりで煙草を吸いながら昼間のことを思い出した。久間と部屋のものを全て出し終わったあと、あいつは俺に偉そうに注意をした。これまで数え切れないくらい色々なものをパクってきたが見つかったのは初めてだった。防護服の着替え中が絶好のチャンスでその隙に隠しておいたものをパクっていた。さすがに社長にバレたら首なのは間違いない。恐らく訴えられたりはしないだろうが今更、他の仕事を探すのも無理だろしまだしばらくは働きたい。だいたい社長は現場に来なくなったし、もう一人創業当時からいた武山は営業に変わった。自分だけずっと現場なのは不満も大きかった。


「チッ」


 高田は煙草を捻り消すと次の煙草に火をつけた。


「カメラ小僧みたいな若造に言われる筋合い無いわ!」


 次の煙草を咥えると再び快感が身体中を駆け巡り高田を煙草の虜にした。結局朝まで煙草を、吸い続けた。


 翌朝、寝不足な割には異常に頭が冴えていた。まだ昨晩の煙草の快感で身震いするほど余韻が残っている。結局昨日4箱も吸ってしまった。リュックに3箱煙草を入れると高田は出社した。


「おはよう」

「おはよう……ございます……」


 事務の林さんに声をかけると、露骨に嫌そうな顔をされた。


「なんだ? 俺の顔になんか付いてるか?」

「い……いえ。顔色が悪かったので……大丈夫ですか?」


 若い女の子に心配されるなんて久しぶりで高田はニヤニヤした。


「絶好調だよ」

「そ……そうですか」


 高田は社長の前のデスクに座った。社長も高田の顔を見ると心配そうに声をかけてきた。


「顔色が青いけど大丈夫か? 目も血走ってるし」

「寝不足なだけだ」


 朝礼を終えると久間と昨日の現場の清掃に向かう。二人で車で移動するのはしんどいが仕方がない。高田は無遠慮に煙草を取り出すと燻らした。久間がさり気なく窓を開けた。


「それ、昨日のセブンスターですね?」

「あ? 文句あんのか?」

「いえ、それ、販売中止になったセブンスター10ですね。きっと亡くなった方が大切に残しておいたんでしょう。かなりの愛煙家だったようですからね」

「お前、吸わないくせに煙草に詳しいのか?」

「いえ、調べて知りました」

「なんで、そんなこと調べるんだ」

「気になったので」


 久間は首から一眼レフのカメラをぶら下げながら答えた。


* * * * *


 清掃は一日がかりの、大変な作業だったが予定時間前にはなんとか完了した。高田は休憩だと言って何度も煙草を吸いに外に出て殆どの作業を久間に任せていた。帰り道、高田は煙草を切らしたことに気付き久間にコンビニに寄るよう告げた。

適当に煙草を購入すると車内で早速一本燻らせた。


「……ま、まずっ……」


 どうしたことだろう。新しく買ってきた煙草がとてつもなく不味く感じた。まるでサビを口の中に入れたみたいだ。煙はゴミ処理場の煙のように臭くて汚い煙が肺の中に入ったようだった。


「窓開けますね」


 久間が窓を開けた。


「一本くらいいいだろ!」


 高田は、怒鳴った。


(なんでだ? なんで、こんなに不味い?)


 思案を巡らせて気付いた。あの、昨日の煙草が美味すぎるんだ。


(早く帰宅して、あの煙草を吸いたい!)


「久間、悪いけど家まで送って欲しい。ちょっと体調が悪くて」


 久間はこちらを一瞥した。


「朝から顔色が悪いと営業所の方も心配してましたよ。家まで送りますね」

「悪いな。営業所には、自宅から電話しておくから」


 気付いた時には高田は手が震え、足もガタガタと震えていた。口の中が異常に乾いて唇がカサカサになっている。脂汗が滲み、身体中汗が垂れて顔が紅潮した。


「大丈夫ですか?」


 久間は薄ら笑っている。いつもなら殴りかかるところだが、それどころでは無かった。


「早く、煙草をすいたい」


 声が震えた。


「貴重な煙草ですからね。さぞ美味しいんでしょう」


 マンションに着くと震える足で車から降りて鞄から鍵を取り出すのにも苦労した。手が震えて鍵穴に鍵が入らない。車から様子を見ていた久間が見兼ねて鍵を開けに来てくれた。やっと家に入るとテーブルの上のセブンスターが目に入る。


「あ……煙草……煙草……」

「高田さん、玄関のドア閉めたほうがいいで……」


 久間の声なんて聞こえなかった。テーブルまで駆け出して煙草を手にすると震える手でライターをつける。

 カチカチカチ……

 カチカチカチ……

 カチカチカチ……

 カチカチカチ……

 なかなか火がつかなくてイライラする。なんどもライターを押してやっと火がついた。煙草に火がつくと一瞬で開放感が溢れ出す。一本の煙草が、煙が、その香りが広がった瞬間手足の震えは止まった。


「あぁ……美味い……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る