第108話 牢獄のガーラ

 そして、1ヶ月が経った。


 BBのメンバ―との再会も果たし、国王に謁見えっけんする機会も与えられた。


 国王はたいそう喜び、国を挙げての祝賀行事を行うと言い出した。しかし、それにはくるみもミナトも反対だった。


 くるみが戻ってきたことを秘密にしたいわけではないが、噂として広がるくらいがちょうどいいと思ったからだ。


 決してガーラの存在を恐れているわけではない。現にガーラは廃人と化し、生きる気力を失ったまま地下牢に幽閉されている。


 呪いの指輪はくるみと共に消滅した。ガーラを恐れる理由はもう何もない。


 もとは北の都フォンテシオの英雄と呼ばれた男だ。炎と時の指輪の能力者として国のために尽力してきたことを誰もが知っている。呪いの指輪をはめてしまったことは事故に近いと言えるだろう。


 問題は呪いの指輪を誰が何の目的でガーラに渡したかだ。


 くるみがいなくなってからも調査は勧められていた。しかし、ガーラの50歳の誕生パーティーに紛れ込んだ黒いフードを被った男の正体はつかめないままだった。


 人格を失うほど心を支配され、全てを失ったガーラに国王は『裁きはもう済んだ』と伝えていた。そして、家族の元へ帰ることを勧めた。しかし、本人は頑として言うことを聞かないのだ。

 

 その経緯を聞いたくるみは、ガーラに会いに行くことを考え始めた。


 自分や仲間たちの命を危険にさらした男に会うのは怖いことだった。しかし、一番の被害者であるくるみ自身がガーラを許すことができたなら、きっと彼の心も救われるはずだ。


 国王が言ったようにガーラは被害者でもある。彼を救わずしてこの戦いは終わったとは言えない。くるみは皆に反対されたが、ガーラに会うことを希望した。




 数日後、隊長から許可が下り、隊長とフウマと共に地下牢を訪れた。


 石造りのひんやりとした廊下を進むと、ガーラが4年間幽閉されている牢が見えた。他の牢よりも広く、地上の光が小窓から注がれている。


 近くまで来ると書棚が見えた。歴史書の他にもたくさんの書籍が見える。牢にしては珍しく絨毯が敷かれ、テーブルもあった。これも国王のお気持ちの表れなのだろうか。牢というより小さな書斎のようだった。


 くるみは恐る恐るベットに腰かけるガーラに目を向けた。


 ガーラは伸びきった髪の間からくるみを見るなり、びくりと体を強張らせた。


「ガーラ、しばらくぶりだな」


 隊長のマサキが声をかけると、ガーラは読んでいた本を閉じた。


「もう俺になんて会いに来なくていいと言っただろう」


 ガーラは低い声でぼそぼそと答えた。隊長はその場にあぐらをかいて座り込んだ。


「もういいだろう。昔のように俺のことをからかってくれよ」


「そんなことをできるわけない。俺はもう人間じゃない。悪魔になった男だ」


 ガーラは立ち上がり持っていた本を書棚に戻した。


 あの夜に見た力みなぎる姿とは程遠く、長身であるもののやせ細った老人のようだった。


「あなたはあの夜私のことを殺さなかった。簡単に殺せるはずなのに私を時空の裂け目に投げ込んだだけ」


 くるみは鉄格子を握り、できるだけガーラに近づいて話した。


「私は生きてこの国へ戻ることができました。だからあなたも元の生活を取り戻して欲しい」


「……」


 ガーラは突然のくるみの訪問に動揺しているようだった。


「私はあなたを許しています。だからあなたも、もう自分を許して」


「呪いの指輪はどうなったんだ?」


ガーラは重い口を開いた。


「たぶん消滅したと思います」


「思います?あまいな」


「私があの夜あなたから呪いの指輪を抜き取った後、私はずっと右手に握っていた。そして日本の山中で発見された時、私は意識がない中でも右手を強く握りしめていたそうです」


「その指輪はどうなったんだ?」


 ガーラは急にくるみの前に歩み寄り、息を粗くし鉄格子を掴んだ。


「粉々に砕け、炭のような状態になっていたと母が……、日本の母が言っていました」


「じゃあ、この世界にもうあの呪いの指輪は無いのだな?」


「はい!」


 くるみは笑顔で答えた。それを聞いたガーラはぽたぽたと大粒の涙を流した。マサキもフウマも黙って2人のやり取りを見守っている。


「だから……、だからあなたはもう……指輪に捕らわれることはありません。安心してください」


 ガーラは天を仰ぎ、静かに泣き続けた。

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