第99話 日常の始まり



 1週間後くるみは予定通り記憶の森の研究所から退院することになった。


 時折思い出すガーラとの戦いの夜。


 自分の取った行動にひやりとし、ミナトとフウマを守れたことを誇りに思い、日本で和哉と美沙に出会えたことに幸せを感じた。


 全てが夢のようだけれど現実の出来事なのだと今なら実感できる。たくさんの思い出に包まれて過ごした1週間の療養生活は退屈なように思えたがカイザー博士の言う通り必要な時間だったのかもしれない。


 そして、日本で過ごした記憶はと言うと、これもまた、しっかりとくるみの中に存在した。


 目を閉じれば、川崎診療所にやって来るお年寄りの顔が目に浮かぶ。高校から帰って来ると待合室で饅頭やみかんをもらった。


 親切にしてくれた警察のわたるくん、診療所の事務の衣咲いさきちゃん、と言う名を付けてくれたゆみちゃん。そして、日本の両親とも言うべき川崎和哉と川崎美沙だ。


 (いつか日本にお礼がしたい)


 

     *



 くるみは研究所の外で愛犬のチェルシーと遊んでいた。


 ボール投げは昔から大のお気に入りだ。遠くに投げれば投げるほどチェルシーのテンションは上がりくるみに飛びついて来る。これも昔と同じ。


 しばらく遊んでいると1台の車が遥か遠くから近づいて来るのが見えた。風にそよぐ黄色の小麦畑。その間の1本道をゆっくりと走る車には懐かしいシルエットが見え隠れする。


 この国でちょっとだけ珍しい車は、研究所の駐車場に静かに停まった。


 運転席から降りて来た彼の手にはコンビニの袋が握られている。最後に会ったのは2週間前のはずなのに妙に懐かしい。


 くるみはチェルシーを連れて駆け寄った。


「くるみちゃん、記憶が戻ったんだね!」


 ケイジロウは自分のことのように喜んでいる。


「はい、ケイジロウさんのおかげです。私を始まりの国へ連れて来てくれてありがとうございます。ケイジロウさんには何てお礼を言ったらいいか」


 くるみは今にもケイジロウに抱き着かんばかりに近づき、手を握り揺さぶった。


 ケイジロウは少したじろぎながらも、くるみの喜ぶ顔を見て心からほっとした。長いこと自分に課せられていた任務がようやく終わりを迎えたようだった。


「くるみちゃんは、僕のことは思い出してくれた?」


「もちろんです。ケイジロウさんとはBBのメンバーになった時からお世話になっていました。忘れてしまってすみません」


「そっか、僕は直ぐに時代屋時計店の仕事に着いたから、一緒の任務は少なかったよね。それでも覚えていてくれて嬉しいよ」


 ケイジロウと話していると、時代屋時計店からタイムトラベルができることを疑っていた日々が懐かしく思えた。


 本当にケイジロウを信じてよかった。そして、くるみの背中を押してくれたたくさんの人々との奇跡の出会いに感謝した。


 大きなリュックを車に積むと、くるみはカイザー博士とナナにお礼を言った。ナナは何故かくるみを優しく抱きしめてくれた。そして、くるみの耳元で何かをささやいた。


 くるみはその言葉をしっかりと受け止め、小さく頷いた。


「さぁ、BBの本部に出発だ」


ケイジロウは車のエンジンをかけた。


「えっ、これから?」


「そうだよ。隊長がくるみちゃんの指輪の隠し場所を知りたいそうだよ」

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