第92話 夢の中



 村の明りが消え、くるみは病室で深い眠りについていた。


 時折くるみの寝顔は苦痛に歪み、涙を流している。そうかと思うえば微笑みが浮かび、今にも笑い出しそうだった。くるみは夢の中で記憶を疑似体験しているようだ。

 

 王室学校へ入学したあの日。


 小さな頃から城の中庭で遊んでいたミナトとくるみは幼馴染のような存在だった。7才年上のフウマもこの学校の中等部へ在籍していた。フウマがいない時は自分がミナトを守らなくてはと、お姉さん気取りのくるみがいた。


 そのせいか、いつもミナトの手を引き学校では常に一緒に過ごした。くるみが入学した学校はチェスターリーフの城内にあり、王室以外の出身者も入学が許可された自由な校風と、一流の教育機関で有名だった。


 しかし、学年が上がると、ミナトは他の王室出身の女子たちに囲まれるようになっていった。お茶会やらパーティーなど、くるみの知らないところで楽しくやっているようだった。


 くるみが声をかけるような隙は無くなった。それでもミナトはくるみに話しかけようと近寄ってくれた。しかし、くるみは他の王室女子からの無言の圧力に負け、自らミナトとの距離を置くようにした。


 確かにくるみがミナトを守らなくても、もう立派な青年になっていた。もうミナトの傍にいられる理由はなくなった。この頃には身分の違いを嫌でも感じるようになり、ミナトを視界に入れることすらなくなっていた。


 そんなくるみの気持ちを察し、フウマは事あるごとに声をかけてくれた。フウマは優しかった。きっとフウマも同じ気持ちを抱えていたのだろう。


 フウマは貧しい家の子どもだった。しかし、指輪の適合者を探すお忍びの調査で5才の頃発見されたのだ。そしてフウマは城の寄宿舎で幼少の頃から過ごすこととなった。


 フウマの家族は国からの援助もあり何不自由なく暮らしている。もちろんフウマのおかげである。フウマは親や兄弟たちの生活を守るため、勉学に励み、指輪の能力訓練も怠らなかった。


 成績は優秀で笑顔を絶やさない子どもだった。その噂を耳にした国王のクレインは息子ミナトの家庭教師に抜擢したのだ。




『くるみ、僕は教師になるために大学へ行くことになったんだ』


『じゃあ、この学校へ戻って来るのね?』


『うん、僕は歴史の教師になりたいんだ。ミナト王子やくるみが高等部に上がる頃、戻って来るよ』


『頑張ってね。フウマ』


『くるみも負けるな!ミナトはくるみと話したいと思っているはずだよ』


『でも、私は庶民の娘だから……。』


『大丈夫だよ。僕だって庶民の貧しい子どもだった。でも国王は認めてくれたよ』


『おにいちゃん先生、元気でね』


『なんだ、その言い方!』


『絶対帰って来てね』


『ミナトを頼んだよ』


 


 くるみの目から一筋の涙かこぼれた。


「フウマ、行かないで……私を1人にしないで……」


 くるみは自分の声で目を覚ました。静かな病室に月明りが差している。


 くるみは心に渦巻く悲しい気持ちの正体が分からないまま、こぼれた涙をふき取った。それはそれは悲しい涙だった。


 体を起こしベットの縁に足を垂らして座った。胸に手を当てると爆発しそうな感情がドクドクと音を立てている。


「フウマ」


 彼の名前をそっと口にしてみた。


 その途端、急に体が熱くなり彼を想う切ない感情があふれ出た。涙がぽろぽろと流れ出し、いつしか嗚咽を上げて泣いていた。


 ようやくくるみは思い出した。5才だったあの夏。お城の中庭で出会ったのはミナトだけではない。ミナトの母から「おにいちゃん先生」と紹介されたフウマがいた。


 フウマは、ミナトを想うくるみをいつも見守ってくれた。


 王子との報われない恋心を持つくるみを、更に大きな愛で包んでくれたのがフウマだ。それは、BBのメンバーとして働くようになってからも変わらなかった。


 その気持ちの真意は分からないが、フウマが自分にとってどれだけ大きな存在だったことか。ミナトを好きでいながら、フウマに依存していた自分。そんな醜い自分を思い出し、くるみは身震いした。


 その時だ。


 一瞬月明りが遮られ部屋が暗くなった。そしてベランダに黒い影が降り立ったのだ。


「誰?」


 くるみは吸い込まれるようにベランダへ近づいた。

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