第90話 くるみの中のフウマ



 くるみは記憶の海に溺れていた。



 たくさんの顔が浮かんでくる。

 これはミナト?ミナト君?

 お父さん、お母さん、妹たち。

 あかり先輩、仲良しのベル。

 ケイジロウさん、美沙さん、かずパパ。

 高校の同級生の楓花ふうかちゃん。

 私は川崎くるみ?始まりの国のクルミ?


 フウマ先生が倒れた。ミナトが燃えている!

 もうやめて!

 指輪を守らなきゃ。いや、指輪はあそこに隠したから大丈夫……。


「ガーラ!もうやめて。私はここよ」


 くるみは夢の中であの日の戦いの中にいた。容赦なく放たれる炎の攻撃にBBのメンバーや指輪の能力者が次々と倒されていく。


 こんなの嫌だ。


「みんな死なないで!」


 くるみは声を上げ跳び起きた。


 

 その声を聞きつけたナナが病室に飛び込んできた。くるみは頭を抱えベットの上で震えている。


「くるみさん大丈夫よ。ガーラはもう力を失ったわ。あなたが呪いの指輪を抜き取ってくれたじゃない」


「私が……、そうだった。私はミナトとフウマ先生を守れたのね」


「そうよ、あなたはチェスターリーフを守ってくれたのよ」


 くるみは少しずつ落ち着きを取り戻した。ナナはくるみの背中をさすりながらベットへ寝かせるように促した。


「私の名前はナナ。フウマに頼まれてあなたのお世話をすることになっているのよ」


 ナナは腰まである長い髪を耳にかけ、くるみを繁々しげしげと眺めた。自分が想いを寄せる人の心にいる女性、と分かりながらも仕事に徹するように努力した。


「気分はどう?」


「気分は複雑です。どれが本当の気持ちか分からないんです」


「あのね、もうすぐここの研究所の所長、カイザー博士が出勤するから、話してみるといいわ。それから……」


 ナナの表情から笑顔が消え、ワントーン低い声になった。


「私、フウマが好きなの。あなたが好きなのはミナト王子でいいのよね?」


 くるみは突然の質問に言葉を失った。自分の心に整理がつかなかったのだ。好きな人、好きだった人、あきらめた人、傍にいてくれる人。記憶を取り戻した今、いったい自分が好きなのは誰なのだろう。


「ミナト王子じゃないの?」


 強い口調でナナは迫った。


「ごめんなさい。どれが本当の気持ちなのか分からなくて」


 ナナは冷たい目でくるみを見下ろし、ため息をついた。


「また来るわ」


 そう言い残しナナは病室を出て行った。


 くるみはナナの質問に答えられなかった自分に落ち込んだ。そしてそれは、この病室で目覚めた時に傍にいたフウマのせいだと分かっていた。


 くるみは彼を好きだった。彼を思い出すと心がとても温かくなる。でもどこかの時点でミナトを好きになっていた。


(いや、これも違う)


 くるみはミナトを小さな頃から好きだった。それなのに、フウマを好きな時期もあったのだろう。この気持ちの変化は何だろう。ただひたすらミナトを好きでいられたならどんなに幸せだったろうに。


 くるみはフウマに会って話がしたいと思った。2人には何かがあったのだろう。魂の樹が教えてくれないこともあるのだろうか。


 くるみの記憶の中には霧がかかったように、そのことだけを導き出すすべがなかった。ミナトに会うまでにこの気持ちをどうにかしたい。焦る気持ちが頭を駆け巡る。


(私が好きなのはミナト君だけでしょ)


 くるみは枕を抱え静かに泣いた。

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